本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
研究成果がネット上でニュースを配信するインターネットメディアで報道されるとき,研究者はどんな気持ちを抱くだろう? 苦労して得た研究成果がメディアにより多くの人へ届けられることは,基本的には喜ばしいことだろう.しかし,必ずしもいいことばかりが起こるわけではないと私は感じる.
Web2.0がバズワードとなった2005年頃,さまざまなソーシャルネットワークサービス(SNS)が登場した.特に,2010年頃からはじまるスマートフォンの普及に伴い,その利用者数は急上昇した.今では多くの人が玉石混淆の膨大な情報をその指先から発信している.これを受け,インターネットメディアはSNSを介して記事にコメントできるインターフェイスを積極的に導入してきた.情報を消費する一方だったユーザーが,情報を発信できる今日のインターネットは,多様な意思を吸い上げ発信するシステムとして私たちに大きな恩恵をもたらしている.しかし,当然,負の側面もある.それは感情的な誹謗中傷を可視化する点だ.インターネットはこのような,いわば罵詈雑言をも等しく吸い上げ拡散してしまう.その特性ゆえに,私は現状のインターネットメディアに若干の危機感を覚える.正しく情報を伝えなければ,SNSなどで「そんな研究をして何になる?」,「税金の無駄使い」といった誤解に基づく,一時的な誹謗や中傷までもが拡散し,根付いてしまうからだ.このことが学問というイメージに与える負の影響は小さくない.
学際的な研究が叫ばれて久しいが,個々の研究分野の専門性は細分化を極め,端的にその概要を伝えることは難しい.限られた文章で研究の意義を伝えることは困難だろう.だからこそ,読者の誤解を招く内容にならないよう,記事作成には注意が求められる.また,記事だけでは補いきれない詳細な情報へ読者がアクセスしやすくする工夫も必要だ.昨今,プレスリリースに注力する研究機関は多い.たとえば,理化学研究所脳科学総合研究センターは研究背景,成果,展望,専門用語の解説に至るまで丁寧な情報発信をしている.さらに,「60秒でわかるプレスリリース」という記事まで作成している.インターネットメディアはこのような詳細な情報源へユーザーを誘導するしくみを積極的に導入してもいいのではないだろうか.
研究者にも社会との齟齬を軽減できることがある.たとえば,メディアとの“対話”である.2010年以降,政策の一部として研究者に国民へのアウトリーチを求める流れがある.しかし,研究者は情報発信のプロではない.「国民」に研究内容を理解してもらうという特異な目標を達成するには多くの負担がかかる.その一方,インターネットメディアは情報発信のプロである.こういったメディアと研究者が対話を重ねることで研究成果をより正確に分かりやすく伝えられたなら,有効なアウトリーチになるのではないだろうか.研究者が望むこととメディアが望むこと,その利益の接点を見つけ,研究成果の報道のあり方について対話するメリットは大きい.
メディアにはメディアの,研究者には研究者の得手不得手がある.苦手なことに挑戦することは大事だが,苦手さゆえに足下をすくわれていたのでは,救われない.“特異”なことを“得意”な人に任せることも時には必要だ.苦手なことを得意なことで補い合えばいい.インターネットの情報拡散力が増している今,研究者も齟齬の少ない情報発信に向き合う一歩を踏み出す時なのではないだろうか.誰かとの対話はその小さな一歩に大きな力を与えてくれるかもしれない.
岡部祥太(脳科学若手の会/麻布大学大学院獣医学研究科)
※実験医学2013年12月号より転載