本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
研究の多様性と発展性には相関関係が認められる.このことは多くの研究者が感じているのではないだろうか? 研究内容の多様性を維持するためには,さまざまな環境や立場の研究者が独自のアイデアをもとに研究を行うことが有効である.しかし,現在の日本の研究体制は中央への一極集中化が認められ,地方は少なからず過疎化している.この原因の1つに中央と地方の格差があるといわれているが,実際にどのような格差が存在するのだろうか? 生化学若い研究者の会で行われたアンケートの結果と筆者の経験談から,研究の格差と多様性について考えていただきたい.
そもそも中央と地方に格差があると感じている人はどのくらいいるのか? 生化学若い研究者の会に所属する80名の学生,ポスドク,企業研究者の意見を聞いたところ,約80%の人は格差があると答えた.アンケートで最も多くの回答があり,中央と地方を経験した筆者も感じる最も大きな差は「科研費などの予算」である.平成24年度の国公立大学の新規・継続の科研費の全体予算は1,521億円であり,旧帝大(7大学.本稿で「中央」の例として取り上げる)が半分以上の813億円を占めている.文部科学省の「平成24年度科研費の配分について」によると,概算では旧帝大の教員1人あたり540万円/年の研究予算に対して,それ以外の国公立大では117万円/年である.この差が顕著に現れるのは研究室内の機器の充実度であり,出せるデータの種類や実験にかかる手間と時間に大きな差が生じる.これに加え,運営交付金の分配額も中央と地方では大きな差があり,地方では学生の卒論研究すら賄えない現状もある.
次に,多くの人が感じる差としてあげたのは「学会やセミナーへのアクセスのしやすさ」である.確かに,中央では著名な研究者の講演が日々開催され,学会へのアクセスも容易であったことを覚えている.一方で,「研究室のゼミ以外のセミナーへの月平均の参加回数」のアンケートは興味深い結果を示している.関東・近畿圏で研究している人が月平均0.35回セミナーに参加しているのに対して,それ以外の地域の人は月に0.65回とおよそ倍ほど参加している.この結果は,セミナーがあまり開催されない地方の人ほど意識的に参加していることを意味する.しかし,地方では学振などの情報を知るきっかけすら少ない状況であり,情報格差も見て見ぬふりはできない現状である.
他にも中央と地方の格差は数多くあげられる.例えば,学生に対する教員数の割合や,博士課程の学生数でも差が認められる.このように中央での研究は魅力的に映るが,どのくらいの人が中央での研究を望んでいるのだろうか?「博士課程もしくは博士研究員として勤務するならばどこがよいか?」という問いに,中央・地方問わず90%以上の人が関東または近畿圏で研究したいと答えている.はたして,研究の多様性を維持するためにはこのままでいいのだろうか?
では,地方研究の魅力とは何だろうか? 地方研究の特色としてまずあげられるのは地域密着型の研究である.例えば,香川大学ではうどんに使われる小麦の育種からうどんの物性まで幅広く研究が行われている.2つ目の特色は独自性の高い研究である.地方という多様な研究環境(研究に対する考え方,予算状況,設備状況など)に基づき,中央とは異なるニッチにおいて独創的な研究が展開されている.広島大学で開発されたリン酸基に特異的に結合するPhos-tagという独創的なツールもその1つの例である.このような現状から,地方で研究している人からは「地方で研究を続けるのもあり」という声も聞こえてくる.
中央の人は地方の現状を知らない.逆に,地方は中央を知らない.というように,他分野で行われている研究については案外知らないことが多い.これを機に中央と地方の格差や,地方で展開されている幅広い研究について考えてみてはどうだろう.
杉山康憲(高知大学総合研究センター/生化学若い研究者の会キュベット委員会)
※実験医学2013年5月号より転載