本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
「君の研究を聴きたい」―2015年6月29日に東京都江戸川区のタワーホール船堀で開催された第1回細胞生物若手の会のキャッチフレーズである.本会は第67回日本細胞生物学会大会の開催前日に同一会場で行われ,延べ70名を超える若手研究者に18名のシニアの先生方を交え,大好評を博した.とりわけ若手研究者51名によるショートプレゼンテーションでは質疑応答が非常に活発で,翌日からの大会のキックオフとしても上々であったように思う.本稿では,本会を立ち上げるに至った経緯と今後の展望を綴りたい.
過去の連載でも再三とり上げられているように,日本の生命科学系の学会は乱立状態にある.その一方で,少子化の影響もあり若手研究者人口は減少傾向にある.したがって歴史ある学会ほど高齢化問題に直面しており,若手研究者の争奪戦の様相を呈している.学会の運営側にとっても大きな問題であろうが,私たち若手研究者にとっても同世代の研究を聴く機会が減ることは死活問題である.学会という研究パートナー探しの場が先細りであることに危機感を抱いている読者の方も多いと思う.
日本細胞生物学会は会員数1,000名強と決して大きな学会とはいえないが,錚々たる顔ぶれの研究者が在籍している.そのため敷居が高く感じられるかもしれないが,実際に参加すると皆フレンドリーでアットホームな雰囲気が非常に楽しい.ただ悲しいかな,ご多分に漏れず高齢化の波は押し寄せている.そこで,若手研究者の参加を促すため,昨年の大会期間中の懇親会で「2015年の大会は学生参加費無料」とアナウンスされた.私はそのとき隣にいた初対面の小笠原裕太先生(名古屋大学)と「来年は,参加者増加が見込めるから,僕たちでも若手を盛り上げよう!」と,宿泊先のホテルで話し込んだ.細胞生物学の発展に貢献したいという2人の思いを,お酒の勢いが後押ししてくれた.
こうして私たち2人は細胞生物若手の会を立ち上げることにした.本連載でもお馴染みの生化学若い研究者の会主催「生命科学夏の学校」に2人で足を運び,たくさんのアドバイスと激励をいただいた.また,「がん若手研究者ワークショップ」において,大西伸幸先生(慶應義塾大学)をはじめとするエネルギッシュな若手研究者からたいへん大きな刺激を受けた(連載第51回参照).既存の若手の会が細胞生物若手の会の背中を大きく押してくれた.
日本細胞生物学会の諸先生方にもお力添えをいただき,私たち2人に三枝慶子さん(群馬大学)と石井みどりさん(東京大学)を加えた4人で約1年をかけて準備した.一人でも多くの参加者が自分の研究を語り,それに皆が耳を傾ける場であってほしいと願った「君の研究を聴きたい」会は成功裏に終わった.参加者は当日に加え,3日間の大会期間中も自由闊達に議論していた.私たちが大会の盛り上げ役に一役買うことができていたなら本望である.
最後に今後の課題と展望について触れておきたい.本会のアンケートで,次回の参加に前向きな意見が82%に達したものの,16%はわからないと答えており,若手の会の継続の難しさが浮き彫りになっている.私が考える,若手の会を継続するために必要な方策は2つある.1つは,さまざまな学会の若手の会同士が手をとり合うことである.身動きのとり辛い学会に代わって,若手の会が協力して裾野を広げていくことが,生命科学全体の底上げにもなるだろう.もう1つは,やはり若手の会と親学会との連携である.これからの若手の会は,ただ若い世代が集まる楽しい場ではなく,その若いパワーで親学会を支えていかねばならない.同時に,各学会の先生方には若手の会に対する温かなサポートをお願いしたい.「もっと君の研究を聴きたい」と願っている若手研究者は多くいるのだから.
市川尚文〔京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)/ 細胞生物若手の会〕
※実験医学2015年11月号より転載