第66回 高校生でもできる! 次世代シークエンサー [Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第66回 高校生でもできる! 次世代シークエンサー

「実験医学2015年12月号掲載」

次世代シークエンサー (next-generation sequencer:NGS) の登場によって生命科学の世界は大きく変わった.例えば,2003年にヒトゲノムが解読された当時は国家プロジェクト規模の仕事だったゲノムの決定が,NGSの登場によって,今や一研究室でも可能になっている.NGSは非常に応用の幅が広く,PCRのような汎用ツールになることは疑いの余地がない.とはいえ,未だNGSに対して実際以上に敷居の高いイメージが一般にもたれているのが現状である.そこでわれわれ有志の団体である 「High-Bio」 は,NGSにアクセスしにくい層のモデルとして高校生に着目し研究活動の支援を行うことで,「NGS=気軽に利用できる技術」というイメージのボトムアップ的な普及を目指している.ここでは,現在支援を行っている白陵中学校・高等学校 (兵庫県高砂市) の生物部でのNGSを用いた研究事例を紹介しようと思う.

白陵生物部の研究テーマは,近隣河川に生息する魚類に付く寄生虫 (吸虫,Coitocaecum plagiorchis) の生活環の解明である.吸虫は一般的に,最終宿主に辿り着く前にいくつかの中間宿主を経ることが知られている.白陵生物部は6年以上にわたる調査から,実際に寄生虫と同じ河川に生息する軟体動物から中間宿主の可能性がある標本を得ていた.しかし,標本が小さいこと,また宿主間の移動に伴う変態の前後で形態が大きく変化することなどから,形態学的な手法のみによる生活環の解明は困難だった.また,近縁種の遺伝子配列情報が全くないために,DNAマーカーを用いた種同定も難しかった.そこで,われわれは新規DNAマーカーの開発のため,NGSを用いてRNA-seqを行い,rRNAの配列を同定することを提案した.rRNAは全RNAの90%以上を占めるため少量のシークエンスで全長配列を得られるため,部活の限られた予算内でも可能と考えたからである.

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「次世代シークエンス解析スタンダード」

数回に分けて訪問し,実習を行った.初回は最終宿主から目的の吸虫を得て,RNAを抽出した.シークエンスに関しては,京都大学生態学研究センターの永野惇博士 (現 龍谷大学) のご厚意で相乗りさせていただき,サンプルあたり一万円程度のコストでデータを得ることができた.2,3回目の実習では,仮想OSを使用したデータ解析を行った.アセンブル,BLAST,マッピング,系統樹推定を通じて,RNA-seqの結果は一種に由来するrRNAがほとんどを占めていることを確認し,目的の吸虫のrRNAの配列情報を得ることができた.4回目の実習では,アセンブルしたrRNAの配列情報をもとに設計したプライマーを用いて,第一中間宿主候補の軟体動物から得た寄生虫のゲノムDNAに対してPCRによるクローニングを行った.今後はPCR断片のダイレクトシークエンスから配列を確認するとともに,第二中間宿主についても調査していく予定である.活動詳細についてはto www白陵生物部のFacebookを見ていただければと思う.

今回の支援は,中高生の研究活動においてもNGSが有効なツールになり,またコスト面においても実現可能であることを示す一例である.また,形態学・分子生物学・生物情報学という異なるアプローチで同じ対象を 「観る」 経験を通じて,中高生が多視点で物事を捉えることの重要性を実感できた点で,教育的な観点からも良い一例になったと考えている.白陵生物部の研究に対する姿勢は非常に熱心であり,目的意識をもって実習に臨み,質問も活発であった.次世代を担う中高生に先端の研究の一端に触れてもらうことは,彼らが進路を考えるうえでもプラスとなるはずである.彼らとともにNGSの便利さや 「高校生でもできる!!」 という敷居の低さを社会に発信していくことが,NGSの普及や学びの場の拡充へとつながっていくことを期待している.

鹿島 誠,Lee Hayoung,山㟢 曜(High-Bio,京都大学大学院理学研究科)

※実験医学2015年12月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2015年12月号 Vol.33 No.19
オプトジェネティクス
細胞・組織・個体を光で操作する

田中謙二/企画
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