[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第74回 海の向こうから,初めて日本の学会に参加して

「実験医学2016年8月号掲載」

一年ぶりの日本帰国.今回はありがたいことに日本分子生物学会・日本生化学会合同大会の海外若手研究者招聘制度の旅費補助金をいただき,神戸での学会に参加させていただいた(2015年12月).高校を卒業後,アメリカの大学へ入学,そしてアメリカで大学院へ進学した私にとって,日本人が主体の科学イベントに参加するのははじめてだった.今回,恐縮ながら日本の科学コミュニティーに触れた所感を執筆させていただく運びとなった.

会期中まず印象に残ったのが,日本の基礎生物研究のバラエティーが豊かなこと,そして研究者が自分たちの研究にたいへん情熱をもっているということだった.研究の多様性といえば,研究テーマのみならずモデル生物も多岐に渡っていた.典型的なモデル生物に加え,テトラヒメナからサンショウウオ,蝶,鳥とあまり聞き慣れない生物を使った研究発表も多く見聞きした.もちろん各モデル生物には長所と短所がある.さまざまなモデル生物を使い同一の核心的な問いに迫ることで課題への考え方が多角化し,生命現象をより深く理解し,そして新たな発見へとつながるのではないかと思う.この多次元の多様性こそが,日本の科学のこれまでの発展を支えてきたのではないかと肌で感じることができた.また,数々の発表者,特にポスター発表している大学院生・ポスドクの皆さんが自分たちの研究に心から興味をもち,研究を楽しんでいるのが印象的だった.

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「テツヤ、国際学会いってらっしゃい」

さて,今回私がいただいた海外若手研究者招聘制度だが,募集対象者の国籍は問わない.学会の国際化をめざすならたいへんすばらしい制度だと思う.そこで,周囲の学生やポスドクに,日本観光を兼ねた学会参加のため応募することを勧めてみた.すると,全員から揃って「でも学会,日本語でしょ?」と質問があった.そこでふと疑問が湧いた.もしこれが中国か韓国の学会だとしたら,彼らは同じことを聞くだろうかと.答えはきっとNoだ.中国や韓国の研究者は英語が話せる人がかなりの割合でいることを,彼らは経験上知っている.たかが言語,されど言語だ.もちろん英語は科学研究において最重要項目ではないし,国際化=英語でもない.しかし,科学に国境はない以上,国境や文化的なバックグラウンドを超えたコミュニケーションや情報発信・収集は欠かせないと思う.

そしてもう1点,日本の大学院生との会話で非常に印象に残ったのがお金の問題だ.日本の大学院生はほとんどが自費で学会に参加していると聞いて驚いた.また,大部分の院生は授業料を払いながら研究生活を送っていることも再確認した.欧米の理系大学院では多くの場合,所属研究室や大学院プログラムから授業料,生活費,医療保険が支給される.もちろん,学会への参加費も支給されるケースが多い.また中国,韓国,インドなどのサイエンス急進国でもこのようなケースが増えている.忙しい研究生活を送りながら,大学院という非常に大切なトレーニング期間中にお金の心配をするのはあまりにもストレスフルではないか.またせっかくの才能ある学生が,金銭面の問題のため大学院を諦めることがあれば,非常に残念だ.今日の科学研究への投資は未来への投資だ.今日の研究を支え,未来科学を担う大学院生のサポートが改善されることを切に願う.

つらつらと拙い文章となったが,以上が日本の学会にはじめて訪れた感想だ.日本のこれまでの長く豊かな科学の発展はすばらしいものだ.さて,日本の科学はどこに向かっていくのだろうか.しばらくは少し離れた場所から,その将来を応援したいと思う.

村上詩乃(The University of Texas Southwestern Medical Center)

※実験医学2016年8月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2016年8月号 Vol.34 No.13
感染症を“侵入口”で討つ ヒト粘膜免疫と粘膜ワクチン
免疫賦活の独自のシステムは新しいワクチンを生み出すか?

長谷川秀樹/企画
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