本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
21世紀,われわれが直面している大きな問題として,エネルギー,環境問題がある.石油や天然ガスといった化石燃料が,後数十年で枯渇するとされている.また,化石燃料の燃焼によって発生するCO2が地球温暖化の原因の1つともされている.このため,化石燃料の代替となるエネルギー資源の確保が急務である.その1つとして原子力があげられるが,3.11の福島原発事故以来,安心・安全な代替エネルギーへの転換が求められている風潮がある.5年が経つ現在でも,放射性物質の除去作業や汚染水の処理などの問題は未解決のままである.
そこでエネルギー,環境問題の両方を一挙に解決するとして,最近注目されているのが,微細藻類を利用したバイオエネルギーである.微細藻類とは,水中に生息する検鏡サイズの光合成生物のことである.植物の光合成を利用して燃料を生産することで,大気中のCO2濃度増加を防ぐとされている.しかし,化石燃料や原子力と比較すると,得られるエネルギーの絶対量が少なく,燃料の価格が10倍以上になってしまう.
このため,微細藻類に効率よく大量のエネルギー(アルカン)をつくらせることが重要である.そこでわれわれは,微細藻類の1つであるラン藻がもつアルカン合成関連酵素群に注目している.これら酵素は,通常の酵素と比べ,活性が1万分の1ほどしかなく,微細藻類バイオエネルギーの生産に応用するには,酵素の高活性化が重要となる.そのため,われわれは,これら酵素の特徴を,変異解析や構造解析によって理解したうえで,変異導入による酵素の高活性化を成し遂げようと研究を進めている.
科学者として,自身の研究の動機や目的をもつことは,重要である.特に,応用研究では,自分の研究成果が社会問題の解決につながって,社会の人々の役に立つことは大きなやりがいである.私自身は,よりミクロな視点で生物現象をとらえてみたいと考えて,ラン藻の光合成研究(植物生理学)から,酵素の特性・機能の解明という新たな分野(生物物理学)に進んだ.酵素の特性や機能を自由に改変できれば,産業・医療・農業などといったさまざまな分野に応用が可能となると考えたからである.大学生になってから物理をほとんど勉強しなかった私としては,当初,生物物理という新たな学問は,非常に敷居が高いものだと感じていたが,藻類バイオエネルギーに関連する酵素の研究は,自分のバックグラウンドとも近く,比較的なじみやすい研究テーマとして,非常に魅力的であった.実際に研究をはじめてみると,背景知識や実験手法は共通な部分が多かった.関連論文を読んだり,先生と議論する際にも,藻類の光合成研究のときに得た知識が役立った.また理論・実験を通して,酵素そのものの物性を調べ,それを目的に応じて改善していくという新たなアプローチが非常に新鮮であった.
応用研究から大きな社会問題を解決するには,多方向のアプローチから迫る必要がある.正直,酵素の高活性化だけでは直接,微細藻類バイオエネルギーの実用化に結びつけるのは難しい.そこに微細藻類の代謝改変,培養条件の検討,アルカンの効率的な抽出・回収などを組合わせることによって,実用化を達成できると信じている.また,この分野の研究にかかわっている研究者は,生物以外に,化学,物理,地学などさまざまで,それぞれの立場から異なる視点をもった科学者が,学問の壁を越えてうまく協力していくことが,新たなブレイクスルーにつながるのではないかと考えている.そのためにも,異分野にも関心をもち,自らの専門分野を広げていくことが大事なのではないのだろうか.
工藤 恒(生物物理若手の会)
※実験医学2016年9月号より転載