[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第103回 現役地方大学生が考える,地方大学の魅力とは?

「実験医学2019年1月号掲載」

あなたは「地方大学」にどのようなイメージを抱いているだろうか.われわれの見解では都市部の大学生は地方大学への関心が薄く,大学院の進学先として選択肢にないことが多いように思う.昨年の夏に開催された生化学若い研究者の会主催「第58回生命科学夏の学校」では,地方大学に通う学生達で自身の大学について語り合う場を設けた.本稿ではそれを基に,(特に旧帝国大学ではない)地方大学の研究活動について紹介する.

まず地方大学の良い点として,地域独自の研究ができるという意見が多く挙がった.実際に現場に赴いてのサンプリングやフィールドワーク,学外の方々とのコミュニケーションも交えて研究を進めることが多いのも魅力だ.例えば新潟県の大学では,県や市,酒造組合と連携しながら,地元の特産である日本酒や米,佐渡島の魚の研究が行われている.また,雪を使用した食品の凍結保存技術や雪害防止に役立つ技術の開発など,雪国ならではの研究も行われている.

筆者の一人も徳島県の大学で地域産業である藍染に関する研究をしている.藍染には藍の乾燥葉を微生物により発酵させた染液が用いられる.その発酵具合は職人(藍師)の目と舌で管理されているが,習得には長い年月を要する.しかし現在徳島県には藍師が5人しかおらず,藍染の継承が危ぶまれている.筆者は微生物により染料がつくられる機構を科学的に明らかにすることで,経験の浅い職人でも早期に技術を習得できるようにすることをめざしている.実験に必要なサンプルは大学近隣の藍染工房で採取する.その際に現場の作業を直に見ることができ,文献にない情報が得られる.また,県の職員など,さまざまな視点をもつ地域の方々ともミーティングをしており,研究のアイデアを深めることができている.

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このように地方大学ではその地域に根差した研究ができる一方で,研究環境に制限があると感じている人も多かった.例えば立地の悪さから,他大学・研究機関との共同研究や学会・セミナーへの参加が気軽にできない.また,大学院進学者が少なく,学生がお互いに切磋琢磨しながら研究する環境が生まれ難いようだ.教員が足りないことも多く,研究室の運営面で院生の負担が大きいという意見もあった.他に,実験機器や設備の不足,ダウンロードできる論文が少ないなど,研究を進めるうえでの直接的な制約に対する意見も挙がった.これらはすべての地方大学に該当するわけではなく,都市部の経済力の劣る大学や地方旧帝大と共通する点もあるだろう.しかし,地方大学にはこうした負の側面が存在しやすいことは捉えておくべきだ.

これらの問題には地方大学自体も改善に取り組んでおり,共同研究の支援や共通機器の管理・運営を行う組織が大学内にある例もみられる.また,当若手の会の地方支部では学生主催のセミナーなどがさかんであり,学生も自ら交流の場をつくることに積極的だ.いまだ改善の余地はあるが,大学も学生も問題に対する当事者意識をもっており,周りの環境を自ら変えていこうという前向きな姿勢が感じられる.

本稿では研究活動の視点から地方大学について述べた.地方大学と都市部の大学の違いは本コーナーで過去にも議論されており(第35回 研究格差と研究多様性について考える),こちらも参考にされたい.現場の学生達の声を聴いてわれわれは,地方大学では研究を実践的に社会に活かす意識を強くもつことが求められると感じた.研究のアウトプットに興味のある人は地方大学も向いているかもしれない.本稿をきっかけに,大学院進学を考える学生が「私のやりたい研究はもしかしたら地方大学の方が実現しやすいかもしれない」という視点を持ってくれたら幸いだ.

川出野絵,中川香澄(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2019年1月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2019年1月号 Vol.37 No.1
なぜ、いま核酸医薬なのか
次なる創薬モダリティの本命

井上貴雄/企画
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