[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第109回 Randallと私~研究人生でのメンターとの出会い

「実験医学2019年7月号掲載」

私は2004年,大分医科大学第一内科吉松博信教授に推薦していただき,シンシナティ大学のProf. Patrick Tsoラボでポスドクとして2年間の研究留学を経験した.この留学で,結果的にはAmerican Journal of Physiology誌になんとか論文を1本掲載できた.ただし,その内実は決して順風ではなく,次々に押し寄せてくる文化の壁,食事の壁,言葉の壁に苦しみ何度も帰国を考えたものだ.いわばピンチだらけの研究生活で私を助けてくれたのは多くのPIたち,同僚たちだった.

Tsoラボで最初にもらったテーマは,apolipoprotein A-IV KOマウスにレプチンを投与したときの食行動のパラメータ(体重,摂食量)変化をみることだった.しかし,Doseをふってレプチンをip (腹腔内投与)しても有意な差が得られず,「からっきしダメ」な状態だった.消沈した私に,Prof. Tsoは別のテーマをやってみたら,と次のチャンスをくれた.今から思えばなんとありがたいことだろう.

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次は,CCK(cholecystokinin)をipしてWTとKOでの行動変化をみるというテーマだった.ここで出会ったのが,最も思い出深いメンターである,隣のラボのハワイ出身日系PIのProf. Randall R Sakaiだった.そのときRandallのラボのフリーザーに溶解後凍結してあったCCKを提供してもらった.測定系の使用方法や解析方法についてはSakaiラボのKellie Tamashiroが懇切丁寧に教えてくれた.Kellieもハワイ出身の日系アメリカ人だ.このCCKについてはプレデータの手ごたえがあった.nを増やしてDietMax Food/Liquid consumption systemを使って4群で食行動の解析をすることになった.準備段階から気合いが入りまくっていた.ip後の食行動のデータをチェックするためどきどきしながらラボに向かったところ,折しも12月,大雪の影響で実験室が停電していた.泣きそうな気持ちでパソコンをみてみると何とかデータはとれており,ホッとしたことを覚えている.このときのシンシナティの雪景色は,「残酷な風景」として私の心に焼き付いている.

当時,データが出るたびにRandallの部屋へ行って見てもらっていた.彼は黙ってデータを見たあと,たくさんの的確なアドバイスをくれた.絶食後のWTとKOの脳でCCK受容体の発現をみてみたら,と提案してくれたのも彼だった.CCK1Rのプローブの提供依頼についてはKellieがジョンズホプキンスのTim Moranと電話で交渉してくれた.マウスの脳のアトラスと首っぴきで,クリオスタットを使って切片をひたすら作った.DNA probeの複製ではHermanラボの遠心機にお世話になり,早朝,邪魔にならないように作動させた.in situ hybridizationで脳のCCK1R mRNAを測定し4群の差をみた.夢にも見ていたpositive dataだった.

日本に帰ったいま思い出すのは,こういった研究の苦労や喜びもあるが,日常の一コマだったりもする.Randallがハワイから届いたマグロの刺身を頻繁にご馳走してくれたこと,湯布院に招待されたときに彼が撮った田園風景の写真を「beautiful」といってとてもうれしそうに見せてくれたこと.そんな何気ない交流も,異国で暮らす私にとって精神的な支えとなっていたに違いない.

最近,Randallが2015年に亡くなっていたことを,たまたまSSIB(Society for the Study of Ingestive Behavior)のホームページで知った.本当にいい人だった.人生のなかで「メンター」と思える人に何人出会えるかわからないが,彼に出会えたことを改めて幸運に思った.当時の想いが胸を去来し,今回筆を執らせていただいた次第である.

吉道 剛(国立病院機構西別府病院 糖尿病・代謝内科)

※実験医学2019年7月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2019年7月号 Vol.37 No.9
細胞老化の真機能
加齢性疾患に対する新たな治療戦略を狙え

吉道 剛/企画
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