本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
本稿では研究成果や科学の面白さを大学や研究機関などから一般に普及するアウトリーチ活動のなかでも,著者にかかわりのある特色の異なる2つの小中高校生向けの活動について紹介したい.
サイエンス・キッズは元筑波大学教授の芳賀和夫を中心に,筑波大生が小中学生向けに科学教室を行う取り組みだ.マニアになりがちな子どもたちに対して,広く科学に興味をもつきっかけを提示したいという思いのもと,筑波大学生物学類の教員や,学生,近隣研究機関に所属する保護者などさまざまな人に協力していただき自然観察や実験,工作,折り紙などのイベントが開かれる.教室では子どもたちが何かの事象に遭遇したときの,なぜだろう? どうしてなのか? といった純粋な疑問や,探究心を大切にしている.このような思考には正解がないことが多い.そこで教科書的な正解を与えてしまう科学知識の積み重ねをあえてやめ,子どもたちの感性に訴えるにとどめるようにしている.実際,イベントでは子どもたちの素直な反応や思考が教室内に飛び交っている.
私自身は大学生の頃から博士課程で神経科学の研究に取り組む現在まで,このイベントの運営にかかわってきた.自分の専攻とは違った分野の取り組みを行うこともあり,運営を担う大学生側も科学的興味を広げるきっかけとなると感じている.また,子どもたちとの交流を通して伝え方,接し方を学んだり,逆に子どもたちから科学的な新たな発見を得ることも多く,双方に学びがあると感じている.
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)では中高校生を対象に,研究者による講演,見学ツアー,睡眠のリテラシーを向上させるワークショップなど多数の学習プログラムを提供している.例えばIIISの研究者が講演を行う際は,後半には,中高校生たちが研究者に質問・疑問をなげかけるような,双方向性を意識した形式の取り組みが行われてきた.高校からの申し出を受けはじまった本企画だが,高校生たちの熱意を感じ,何かもち帰ってもらえればという思いから,高校の先生方とIIISの広報担当が相談してプログラムを提供するようになった.講演を担当した研究者も高校生たちの真摯な姿勢を感じ,充実感を得ることができたという.実際にこのアウトリーチ活動を経験した高校生が大学生となり,研究室のメンバーとなった例もあるなど,新たな研究者を育てるきっかけにもなっている.研究活動はふだん,直接社会とはつながっていない.しかし,じつは現場の見学や研究者との会話は研究の魅力をよく伝える機会となると思う.
研究を社会へ還元するためには,科学的知識というよりも,科学的見方を受け入れてもらえるような社会的素地が必要だ.広く科学に親しむ,また科学的考え方を大切にする取り組みは一見すると研究とは関係がなさそうだが,じつは社会へ研究を還元する本当の第一歩だと思う.自分自身をかんがみると,実際の活動中は研究のためにというより,子どもたちと純粋に楽しんでいるだけだが,将来かかわった子どもたちとともに科学の分野を盛り上げることができたらうれしい.
協力:芳賀和夫さん,雀部正毅さん
中井彩加(国際統合睡眠医科学 研究機構(WPI-IIIS)林研究室)
※実験医学2020年11月号より転載