本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
研究に楽しさを見出した学部生・修士にとって,博士後期課程に進学して研究を続けるか,修士修了で就職するかは悩みどころだ.この悩みを抱く理由の一つに,経済面の不安が挙げられる.文部科学省によると,博士後期学生7.4万人のうち52%(約3.8万人)が給付型奨学金の受給を受けずに研究に励んでいる(N=5.1万人)1)2).給付型奨学金を受給している場合でも,その受給額は月5万円未満が52%を占め,生活費相当額の月15万円以上は22%(博士後期学生全体で見ると10%の7,400人)である1)2).また,博士後期学生の24%が週20時間以上アルバイトに従事しており,その目的の78%が「生活費を稼ぐため」である(N=1.6万人)3).昨年10月に生物物理若手の会および関連分野の若手の会で実施したアンケートでも結果は同様であり,さらにコロナ禍による経済状況の悪化の声も挙がった(N=164).したがって,博士後期課程への進学には,これまで以上に経済的支援が強く求められている.
この現状を打破するために最近政府は,博士後期課程に進学する約3万人のうち,約7,800人に1人あたり年間240万円を支援すると決定した4).しかしながら,依然として1学年あたり約2万人が生活費相当の手当てを受けられないため,経済的不安は残る.そこで私は,政府の動きを見守るだけでなく,学会が学術界の発展を加速させる必要もあると考え,ここでは学会を財源とする博士後期課程の学生会員を対象とした給付型の奨学金を提案したい.
学会の規模にもよるが,具体的には年間25〜180万円,定員は毎年4人以上(D1とD2から半数ずつ)程度が良いと考える.学会や学問は利潤獲得が目的ではないことを踏まえると,継続的な生活費相当額の支援は難しいが,国公立大学の授業料の半額相当であれば検討の余地があるのではないだろうか? 弊会のアンケートでは,学会が財源の給付型奨学金があれば,「博士後期課程に進学したい気持ちが高まる」「研究のモチベーションが高まる」という回答がどちらも9割に達した.
学会が財源ではないが,日本免疫学会(年間300万円の給付型,定員10名)のように,財団を経由して学会が博士後期学生を支援する動きもある5).多くの博士学生が修士2年の春に応募する学振DCと似た書式にすれば,申請者は研究時間を確保でき,審査員は研究内容や申請者を精査できる.年会で奨学金受給者シンポジウムをしたり,学会誌に研究内容を投稿したりすれば,関連分野の研究も発展して学会活動が活発になる.つまり,若手支援は学会の会員全体に還元できるだろう.もちろん,奨学金の財源確保や,採択者が有名な研究室や研究分野に偏らないような厳正な選考過程など,考慮すべき事項もある.
それでもまずは制度を作ることからはじめ,普及すれば年180〜240万円に増額したり,採択決定時期を一部のリーディング・卓越大学院プログラムのように修士 1年次夏にしたりすることで,博士後期課程への進学を希望する学生に対する多様な支援につながるだろう.本稿が博士後期課程への進学を迷っている学生や博士後期課程に在籍する学生が抱える金銭的問題を解決する一助となり,博士人材の増加や社会の発展に貢献できれば幸いである.
石坂優人(北海道大学/生物物理若手の会)
※実験医学2021年5月号より転載