本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
私は両親の仕事の関係上アメリカで生まれ,幼少期は日本で育ち,思春期にアメリカへ戻り,現在はボストンにあるNortheastern Universityの修士課程でPythonを用いたバイオインフォマティクスを専攻しています.本稿では,私の経験したアメリカのラボ環境を具体的に掘り下げてお伝えしたいと思います.
はじめてラボに所属したのは 私がUniversity of Massachusettsの学生のときで,公募で出ていたTufts UniversityのCharlotte Kuperwasserラボでリサーチアシスタントとして3年間,乳がん研究をシニアポスドクと一緒に行いました.そこで学んだことが私の研究者の基盤を形成しています.「アメリカ式キャリアパス形成の方法」,それは研究分野を1つにしぼらずに,博士課程やポスドクの過程でその都度分野を変更すること.それにより,幅広いバックグラウンドをもつメンターシップが構築され,ゆくゆくは大学教育に貢献できる,ということでした.この方法を学び,私はがん研究のみならず疾患全般の臨床応用研究に興味を持つようになりました.そして大学卒業後,Harvard Medical Schoolにある,HIVワクチンの開発研究で世界的にトップレベルのDan Barouchラボの研究員になりました.
Barouchラボは総勢60名の大所帯ラボで,ウイルス学のみならずさまざまなバックグラウンドをもつ一流の研究者の卵たちが出入りしています.2020年にはJohnson &Johnson社のコロナワクチン開発にも大きく貢献しました.そんなBarouchラボで,私も多くの先輩達のおかげでウイルス学を一から学び,2年間で研究成果を論文にまとめることができました.その頃,ラボで新しくバイオインフォマティクスグループが結成され,PIからグループリーダーのポジションを提案していただいたので,これをチャンスだと捉え,コンピューターサイエンスに強い近隣のNortheastern Universityの修士課程に入学し,現在は出向研究員として同プロジェクトのゲノミクス解析に従事しています.
Barouchラボでの生活から学んだことをアメリカのラボでの一例としていくつかご紹介します. 1つ目に,私はアメリカの研究者は研究の話をするのが上手いと思っています.Barouchラボではさまざまなラボミーティングを通して,パブリックスピーキングの向上を図っています.さらに,プレゼンターによい質問をすることを心掛けることで,オーガナイザーとしての資質が鍛えられます.
続いて,論文を仕上げる効率のよさも実感しています.ポスドクや学生は各人それぞれのプロジェクトをもっていますが,一方でチーム全体のプロジェクトは皆が協力して実験データを出し合うので,個人の負担が少なく,Coauthorshipとしてキャリアを積むことができます.
また,Barouchラボではキャリアデベロップメントに力を入れています.例えば,これから大学院を受験する学生のエッセイを先輩が添削したり,大学院生の卒業論文発表のアドバイスを大勢の先輩がしてくれます.ポスドクの場合,PIの推薦文があれば企業への就職活動も大分スムーズにいくようです.余談ですが,ここ最近では,私がそうだったように,リサーチアシスタントを経験してから大学院に行く人が多く,その後はポスドクを経て製薬会社などに勤める人がほとんどです.なぜなら,現在アメリカではPIポジション獲得は非常に難しく,またグラント獲得の競争率も高いため,アカデミアへ進む人は稀なのです.
最後に,Barouchラボを一例にキャリアパスを見ると,成功の最大の秘訣は,ストレスフリーにおかれた研究環境と,ラボ内外のコラボレーション環境だと思います.私の感じた,アメリカでのこの一例が,皆さまのキャリアパスに何かよい影響を与えましたら幸いです.
山野フィリックス(Harvard Medical School)
※実験医学2022年2月号より転載