本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
「所有」から「シェア」へ.時代の潮流だ.研究で使用する設備や機器においても,「シェア」は当たり前になりつつある.研究機器の共用化を支援する施策が,文科省によって推進されているため,多くの大学で機器共用施設の整備が進んでいる.
私が勤務する名古屋大学大学院医学系研究科分析機器部門は,医学・生物学研究に必要な分析機器を集積した共同利用施設である.1951年に医学部で電子顕微鏡を共同利用したことからはじまり,共焦点顕微鏡,質量分析装置,次世代シークエンサー,セルソーターなど,現在では150台を超える機器が設置されている.利用件数は2020年度実績で約1.9万件,利用時間は6万時間を超え,今年度はさらに増える見込みだ.また,学外からも利用可能である.
手前味噌で恐縮だが,先日,ある外部の方からお褒めの言葉をいただいた.「多くの講習会を定期的に行っていることと,専任技術スタッフが装置のすぐそばで常駐していることは,研究者にとって非常に利用しやすい環境であると思う」と.定期講習会を褒められたことは,私にとって意外で,新発見であった.当部門では,大学院生などが研究室に配属されるタイミングの春と秋に毎年講習会を行っている.設置機器の操作方法などの初心者向け講習をメインに,さまざまな講習会やセミナーを行っており,コロナ禍前の2019年度実績で97回開催,423名が参加している.この原稿を書くにあたって,他の共用施設での講習会実施状況をインターネットで調べてみたところ,確かに,毎年定期的に100回近くの講習会を行っている施設はあまりない印象だ.
以前は,当部門も,講習会は随時必要に応じてしか行っていなかったが,2007年からは広報活動の一環として定期講習会も行うようになった.「こんな機器が使えますよ」「こんな実験ができますよ」と宣伝するためだ.定期講習会をはじめてから,機器利用者数は年々増加しているのだが,特筆すべきは利用者の裾野が広がっていることだ.現在では,学部内の利用講座数は2007年当時の約1.5倍となり,学部外と学外を含めると100を超える講座・研究グループにご利用いただいている.
専任技術スタッフの常駐.これが共用施設において最良であることは,誰も異論がないだろう.はじめての実験であっても,技術スタッフが常駐し,いつでも支援が受けられれば,安心して研究がはじめられる.どんなに優れた機器でも,それを最大限に活用し使いこなすには,優れた技術スタッフの支援が必要だ.当部門においても,スタッフの貢献があってこそ,利用しやすい環境が提供でき,利用者増につながっている.
ただ,限られた予算のなかで人員を確保・増員することは,とても困難な課題である.けれども,研究機器の共用化が単なる財政的なコスト削減ではなく,研究効率・生産性の向上,ひいては研究力強化のインフラとしての使命をもつならば,研究者と研究機器とをつなぐ,技術スタッフの充実はますます重要になっていくのではないか.
田中 稔(東海国立大学機構名古屋大学大学院医学系研究科 附属医学教育研究支援センター 分析機器部門)
※実験医学2022年3月号より転載