本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
近年,優れた英文翻訳や校正関連のツールの登場により,英語の読み書きがより容易になった.しかし,これらのツールを論文執筆に活用することには賛否があり,「ツール頼りでは英語の能力が身につかないのではないか」と懸念する声が見受けられる.一方,ツールを使えば,自身では思い浮かばないような適切な表現を短時間で発見できたり,自分が犯しやすい文法上のミスの傾向を可視化できたりするなど,効率的・実践的に英語を学べる側面もある.より迅速に論文を書けることも踏まえれば,研究者にとって恩恵の方が大きいだろう.そこで本稿では,効率よく英語で論文を執筆するうえで役立つツールを紹介していきたい.
論文を書くにあたり,適切な英語表現が思い浮かばず,筆が進まなくなってしまったことはないだろうか.そのようなときには翻訳ツールが味方になる.特に『DeepL翻訳』は精度の高さに定評があり,近年普及しつつある.とりわけ有料版は文字数制限がなく,またセキュリティー面も担保されているため,未発表データを扱う研究者にとっても安心だ.一方,稀に翻訳内容の一部がスキップされたり,同じ文章がくり返し出力されたりすることがあるため,翻訳後の英文は入念に確認した方がよいだろう.『Linguee』というツールも同じ会社から提供されており,こちらは原文と翻訳文の両方のフレーズを検索できる.実際の用法がイメージしやすく,たいへん参考になるため,DeepL翻訳とともにお勧めしたい.
翻訳した英文の文法を効率よくチェックするには,英文校正ツールが役に立つ.例えば『Grammarly』は,文法的な誤りを検出し,さらに修正案も提示してくれるので便利である.特に苦手な人が多いであろう冠詞のaとtheの使い分けについて精度よく添削してくれるのはたいへんありがたい.Google DocsやWordのプラグインを使えばリアルタイムで書いた文章を添削してくれるのもたいへん便利だ.無料で利用可能だが,有料版ではより洗練された文章に仕上げることができる.また,論文の英文校正に特化した英文校正ツールに『Langsmith Editor』がある.文章の書き方や構成のパターンを実際の論文で多用されるものに修正してくれるのが特徴だ.無料版では計算科学系にのみ対応しているが,有料版では生命科学系の論文執筆にも対応している.
ここまでである程度の水準に達した英文が出来上がるが,仕上げに分野特有の用語や表現を使えば,より完成度を高めることができるだろう.生命科学系であれば『InMeXes』が威力を発揮する.PubMedに登録された文献に頻出する表現や関連語を検索でき,実際の文章も参照できるため,生命科学系の論文で好まれる言い回しを選びたいときに重宝する.
今後もこのような英文添削&翻訳ツールはより進化し,普及してゆくものと考えられる.例えばSpringer Nature社は機械翻訳を活用して日本語の原稿を英訳した書籍「Japan nutrition」を出版しており,著者の母国語で書かれた原稿を翻訳ツールにより複数の言語で迅速に出版する動きは,今後も広がってゆくだろう※.したがって,今後は英語だけではなくこれらのツールを使いこなすスキルも重要になるのではないだろうか.またツールの活用により執筆時間を短縮できれば,研究成果をより早く発表でき,浮いた時間をさらなる研究活動に充てることもできるだろう.文書作成が手書きからタイプライター,パソコンへと変わって便利になったように,ツールの活用によって論文執筆が簡便になることもまた好ましいことなのではないだろうか.
※「シュプリンガー・ネイチャー、書籍を執筆する日本の著者に自動翻訳サービスの提供を開始」
青木聡樹,落合佳樹(生化学若い研究者の会 キュベット委員会)
※実験医学2022年4月号より転載