[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第171回 拝啓 霞が関と永田町の皆様へ

「実験医学2024年9月号掲載」

日本のアカデミアの環境は悪化の一途を辿っている1)が,研究力向上を謳い行政が打ち出す施策は現場の声を反映しているとは言い難い.しかし,行政の担い手である霞が関の方々はアカデミアとは距離があり2),また半数近くが大学に進学していない世間の方々3)からすれば「具体的に何に困っているのか」と疑問が出るのも当然だ.「研究費の選択と集中をやめてほしい」「大学教員を事務作業から解放してほしい」などいくらかはすぐに思いつくが網羅性に欠ける.それらを単発的な個人の感想で終わらせず,アカデミア全体の意見としてまとめ,省庁の方や議員の方と建設的な対話を行う研究者側からの歩み寄りが必要だ.

2024年3月末,文科省から「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」というプランが出された.博士人材を民間企業や官公庁でも十分に活躍させるという趣旨に賛同しつつも,博士人材を2040年までに3倍にすべきという数値目標にはその実現可能性を疑った.同プランでは,この数値目標を達成するに必要であろう大学への資金や教員増加には触れておらず,博士課程の大学院生の待遇改善を掲げることに終始していた.このプランはアカデミアの現場の声を十分反映しているのだろうか.そう感じた生化学若い研究者の会の有志のメンバーがアカデミアに向けたアンケートをとり,それを基に同プランへの意見書を文科省に提出することとした.アンケートは,文科省のプランをたたき台としてアカデミアの人間がそれを評価することで,アカデミアの問題の網羅性をもちつつ現場の意見をある程度集約できるものと考えている.

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国内の若手の会や学会,海外の日本人研究者コミュニティなどにアンケートの拡散をお願いし,多くの分野・ポジションの方から回答いただいた(アンケート回答者数:1531名).本稿執筆時点ではまだ集計作業中だが,結果の一例を申し上げると,自分の分野の博士課程が2040年までに3倍になると思うかという設問に対してはどの学術分野であってもそうは思わないという意見が多かった.その理由として,「博士課程に進むメリットを感じられない」「博士課程の指導環境が十分とは思えない」などが挙げられた.この結果だけでも,博士人材3倍という数値目標を掲げる文科省に対し警鐘を鳴らせるだろう.他にも,プランのなかでどの政策を優先すべきかという評価について回答いただいており,メリハリをつけて施策を進めるうえで役立つはずだ.プランに関係ない自由意見欄にも多くの貴重なご意見をいただいた.いずれも誌面の都合で割愛するが,後日web(https://sites.google.com/view/hakasejinzai/)で公開するアンケート結果や実際に提出する意見書では十分に反映する.意見書は各種省庁や文科省若手ワーキンググループ「AirBridge」,文部科学委員会や経済産業委員会の議員への提出を予定しており,現在調整中だ.

最後に,これを契機に①文科省の政策にアカデミアの人たちが現場の声をまとめ軌道修正を図る,②政策の決定過程として多くのアカデミアの人たちの声が反映されるようにする,③文部科学委員へのロビーイングといったアカデミアの声を届ける取り組みを根付かせる,ことをめざす.アカデミアはその特性上,大学院に進学する必要があるが,修士課程進学率は22歳人口の5.3%に過ぎず4),声をあげても待遇を改善されず見過ごされることもある.だからこそ地道に声を上げ続けることが肝要だ.

文献

  1. 「令和4年版 科学技術・イノベーション白書」(文部科学省),2022
  2. 「各府省等における博士号取得者の活用に関する検討に向けた調査結果」(内閣官房内閣人事局,内閣府科学技術・イノベーション推進事務局,文部科学省高等教育局),2023
  3. 「令和5年度学校基本調査」(文部科学省),2023
  4. 「2040年を見据えた大学院教育のあるべき姿」(文部科学省),2019

三田剛嗣(慶應義塾大学大学院医学研究科薬理学講座博士課程),大西真駿(マックス・プランク老化生物学研究所/日本学術振興会海外特別研究員)

※実験医学2024年9月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2024年9月号 Vol.42 No.14
グルカゴン・GLP-1・GIPの創薬革命
Dual,Triagonistで代謝性疾患治療を加速する

北村忠弘/企画
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