サンプル数を増やすことで誤差が減り有意差があるかどうか判断しやすくなります.サンプル数を増やしにくい場合は,体重・系統などの条件をそろえたり,同腹仔を用いるなどして,あらかじめ個体差を減らしておくことも有効です.
マウス実験は細胞実験などに比べてばらつきが大きく,小さな差に関して有意差を取ることは難しいことが多いです.測定項目にもよるでしょうが,細胞実験などではn=3程度で充分なことが多いのに対して,マウス実験では最低でもn=6程度が必要なことが多いと思われます.難しい生理実験などでは,n=10以上必要なこともよくあります.
さて,マウス実験に限ったことではありませんが,個体差が大きく,有意差が取りにくいと思われた場合,その差が有意かどうか判断できるまでひたすらn数を増やすのが一番手っ取り早いことが多いです.測定項目が真に差があるものであれば,ばらつきが一定のままn数を増やせば増やすほど有意差が取りやすくなるのは言うまでもありません.
ただし,細胞実験に比べ,マウスを用いる実験は時間,費用,労力がかかることが多く,そう簡単にn数を増やせないことも多いと思います.そのような場合,状況に応じて以下のような対処法が考えられます.
例えば,C57BL/6Jなどの純系マウスで,週齢が一致した個体が容易に購入できるマウスを用いて実験を行う場合は,実験を行う前に群分けをすることが有効です.例えば,体重のばらつきが少ない20匹のマウスを用いようとするならば,まず40匹のマウスを用意し,その中から体重の近い20匹を選別して実験に用いればよいわけです.群分けの指標は測定項目によって異なり,例えば,ある薬剤による血糖値の降下作用を見たい場合は,あらかじめ血糖値の近いマウスを集めて実験を行うことにより,ばらつきを少なくできるでしょう.
また,マウスの生理に基づいた解析を行うことも重要です.例えば,雌マウスは性周期があるので,雄マウスよりばらつきが大きくなることが多いです.ですので,解析したい現象に雌雄差が無いことがわかっていれば,雌よりも雄を用いる方がばらつきが小さくなることが多いです.ほかにも,代謝関連の測定では,マウスの摂食行動に大きな影響を受けます.マウスは暗期の摂食量が多いので,測定する時刻などを一定にすることでばらつきは減少できますし,一定時間絶食をかけることによってもばらつきを減少させることができます.
多くの遺伝子欠損マウスは,純系でないことにも注意を払う必要があります.C57BL/6Jの純系のES細胞も近年用いられつつありますが,多くのES細胞は129系あるいは,129とC57BL/6Jのハイブリッドとなっています1).そのため,遺伝子欠損マウスが樹立された時点では,129系が多く混ざっており,解析目的にもよりますが,多くの場合はC57BL/6Jにバッククロスをかけていくことになります.バッククロスが不十分な場合,様々な系統の表現型がランダムに発現することになりますので,その個体差は純系同士の個体差に比べ,大きくなります.そのため,時間はかかりますが,できるだけバッククロスを行うことが必要です.マウスの系統による表現型の違いは非常に大きく,特に129系とC57BL/6Jの間では,行動,免疫,エネルギー代謝などに大きな差があることがよく知られています.
自分で交配を行い,産出した産仔を解析する場合は,同腹の産仔同士を比較することにより,ばらつきを減らすことができます.異なる腹から出産した産仔は,例えバックグラウンドが純系であったとしても,兄弟の数や母親の調子などによって体重や成長速度などがかなり違います.例えば,兄弟の数が多すぎると,1つ1つの個体のサイズは小さくなり,兄弟の数が少ないと,逆に大きくなるのはよく経験することです.また,兄弟の中に非常に攻撃的な個体がいると,その個体以外のマウスは全体的にストレスを受け,発育が鈍くなります.母親の週齢が適切でなかったり,授乳行動が未熟であれば,兄弟全ての発育が影響を受けることになります.これら腹間の差が原因となり,ばらつきが大きくなっている場合は,同腹の中から対になるように個体を選択して実験を行い,その対に対してPaired-Student’s-t-testを行えば,ばらつきを減らすことができます(図1).また,例えば,あるノックアウトマウスのホモと野生型マウスを比較する場合,ホモ同士,野生型同士を交配させ,産仔同士を比較すると,腹間の差が顕著に出てしまい,本当の差を隠してしまう可能性があります.ですので,ヘテロ同士を交配させ,産まれた同腹の中にホモ,野生型がいる場合のみピックアップして対とし,解析を行い,Paired-Student’s-t-testを行うと,真の表現型を捉えやすくなります.
マウスの実験に限ったことではありませんが,適切な補正を行うことで個体差を小さくできる可能性もあります.例えば,臓器重量を比較する場合,単純に臓器重量を比較するよりは体重で補正した臓器重量を比較する方がばらつきは小さくなるでしょう.また,血糖値と血中インスリン濃度,血中カルシウムイオン濃度と血中ビタミンD濃度など,明らかな相関が知られているものに関しては,これらの間で適切な補正を行うことができると思われます2).