レジデントノート:人工呼吸管理・NPPVの基本、ばっちり教えます
レジデントノート 2019年9月号 Vol.21 No.9

人工呼吸管理・NPPVの基本、ばっちり教えます

  • 西村匡司/編
  • 2019年08月09日発行
  • B5判
  • 146ページ
  • ISBN 978-4-7581-1631-2
  • 2,200(本体2,000円+税)
  • 在庫:あり

特集にあたって

特集にあたって

西村匡司
(徳島県立中央病院)

人工呼吸管理の研究のはじまり

生物はすべからく酸素を利用して生命維持に必要なエネルギーをつくり出しています.ヒトは子宮から娩出され,胎盤との交通がなくなったときから自己の肺でガス交換をはじめなければいけません.ほかの物質と違って,酸素は体内で蓄えることができないため,呼吸不全,特に低酸素性呼吸不全は生命の危機に直結します.最重症の低酸素性呼吸不全である急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)の致死率が高いのも不思議ではありません.

ARDSが医学誌に現れたのは1967年のLancet誌上でした1).Ashbaughらが12人のARDS患者の原因と治療,予後について報告しています.この論文はARDSが医学誌に登場した最初として有名です.一方で,はじめてヒトに治療目的にPEEPを使い,その効果を報告した論文ともいえます.すなわち,人工呼吸管理について科学的に議論されはじめた記念すべき論文です.「PEEPは一時的ではあるが酸素化を改善し,それ以外の治療法と比べて期待できる」と考察しています.この論文の報告では12人中7人が死亡しています.その後,多くの治療法が試みられたにもかかわらず,四半世紀にわたりARDSの生存率は改善しませんでした.

肺保護という概念

曙光が見えだすのはHicklingがpermissive hypercapniaを提唱するに至ってからです2,3).ARDS患者では多くの肺胞が傷害され,ガス交換能を維持している肺胞数が激減します.ガス交換能が残存している肺胞に多大な負担をかけずに人工呼吸管理を行うことを念頭に1回換気量を減らしました.当然ながら肺胞換気量も減少し,その結果高二酸化炭素血症となるが我慢,我慢ということでpermissive hypercapniaという概念を提唱しました.彼の概念そのものは肺保護であり,医学用語としては肺保護を表すlung protective strategy(肺保護戦略)へと引き継がれます.人工呼吸管理方法を変えただけではなく,人工呼吸管理の目的も変えた大きな転換点です.ガス交換の維持や呼吸仕事量の軽減が大きな目的であったところに肺保護,肺傷害の改善が加わったのです.

NPPV・HFNC療法の登場

Permissive hypercapinaや肺保護戦略とほぼ時期を同じくして,気管挿管を行わずにフェイスマスクなどを用いる非侵襲的陽圧換気(non-invasive positive pressure ventilation:NPPV)が登場したのも大きな転機です.インターフェイスが改良されるとともに,NPPV専用の人工呼吸器の開発なども進みました.さらには,より侵襲性の少ないhigh-flow nasal cannula(HFNC)酸素療法が登場し,非侵襲的呼吸管理の対象となる患者の範囲は急速に拡大しつつあります.非侵襲的な呼吸管理の最大のポイントは気管挿管管理へ移行せざるを得ない場合のタイミングを見極めることです.これを間違えると患者予後が悪化します.

その後,ARDS患者の生存率はゆっくりですが改善しています.低1回換気量と腹臥位換気,鎮痛・鎮静方法の改善などが大きな要因です.テクノロジーの進歩も見逃せません.人工呼吸器と患者呼吸の同調性は格段に改善され,浅い鎮静での管理を容易にしています.ARDSの病態生理とともに人工呼吸関連肺傷害の理解が進んだことも予後改善に貢献しています.この間,人工呼吸管理以外にも薬剤療法や輸液療法なども試みられましたが,ARDSの予後を有意に改善することが証明されたのは呼吸管理方法だけです.言い方を換えると人工呼吸管理の優劣が患者予後を決めるといえます.

本特集の目的

しかしながら,人工呼吸管理には以下のような難しさ・問題があります.

  • 患者予後に大きく影響するにもかかわらず,系統的な卒前教育が行われていない.さらには卒業後も呼吸管理についての知識を刷新する機会が少ない
  • 呼吸管理方法の選択そのものが予後に大きく影響するものの,その影響は即座に現れないことから,担当医が自己の選択した治療法がもたらした影響を実感することが難しい

それにもかかわらず,研修医は呼吸管理を実践していかなければならず,場合によっては患者が不利益を被っている現実があります.

本特集の目的は呼吸管理の重要性,いかに患者予後を決定するかを理解してもらうこと,正しい呼吸管理の基本を理解してもらうことを主としています.くれぐれも誤解してもらいたくないことは,これだけを知っていれば大丈夫ではないということです.「最低限,これだけは知っていなければならないこと」をエキスパートの先生方に解説いただきました.本特集が正しい呼吸管理の普及に少しでも役立ち,呼吸不全患者の予後改善につながることを祈念します.


文献

  • Ashbaugh DG, et al:Acute respiratory distress in adults. Lancet, 2:319-323, 1967
  • Hickling KG, et al:Low mortality associated with low volume pressure limited ventilation with permissive hypercapnia in severe adult respiratory distress syndrome. Intensive Care Med, 16:372-377, 1990
  • Hickling KG, et al:Low mortality rate in adult respiratory distress syndrome using low-volume, pressure-limited ventilation with permissive hypercapnia:a prospective study. Crit Care Med 22:1568-1578, 1994

著者プロフィール

西村匡司 Masaji Nishimura
徳島県立中央病院

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