特集にあたって ERでのエラーの話をしよう!坂本 壮(総合病院国保旭中央病院 救急救命科) エラーゼロは不可能?! 皆さん,救急外来(ER)で見逃しなどのエラーを起こしたことはありますか?「 はい!」と威勢よく返事をすることはなかなかできないでしょうが,必ずといっていいほど,誰もが経験していると思います.もしも,「ありません」と自信をもって言える人がいたとしたら,それは残念ながら自覚していないだけでしょう.実は皆さんが診た翌日に,ほかの病院で異なる診断をつけられているということは,決して珍しくない話です. では,なぜエラーをしてしまうのでしょうか.その要因は多岐にわたります.先人がいくつかの報告1,2)をしていますが,私なりに考えるERでエラーを起こさないために大切な5つのこと(表1)を本稿では述べておきます. 1)自分の状況を理解したうえで診療に臨むべし! エラーというのは,起こるべくして起こるものです.例え知識があったとしても,当直明けで眠たい目をこすりながら行う外来,体調不良やイライラしている状態で臨んだ当直業務,どうも好きになれない上司や同僚との当直などなど,状況や環境によってエラーは起きやすくなるのです.思い当たることありますよね?! そういった場合に重要なのは,自身がどのような状況であるかをまず認識することです.そしてもう1つ,自身が陥りやすいバイアスを知ることが大切です.詳細ならびに対処法は本文の「睡眠不足のときに診察した腹痛の患者さんが…」(pp.1737〜1748),「こんな困った患者さん,もう診たくない!?」(pp.1749〜1756),ならびに各稿の最後に掲載している私のコラムをどうぞ. 2)Hi-Phy-Viを重要視した検査のオーダーを! 病歴聴取(history),身体診察(physical),バイタルサイン(vital signs)はいつでも超大切です.これらは当たり前の事柄ですが,忙しいERではどうしても軽視してしまったり,大切な所見を見過ごしてしまうことが少なくありません.ERで数多くの患者さんを診ていると,危険なサインは大抵これら3つ,Hi-Phy-Viに隠れていることを実感します.突然発症の病歴,駆出性収縮期雑音や項部硬直,頻呼吸や意識障害などが代表的です. 検査へのアクセスが非常によくなった昨今,検査結果に振り回されてエラーが多発しています.また不要な検査によって,患者さんへの負担は増え,ERの滞在時間は長くなっているのではないでしょうか.検査が迅速に施行可能な状況で,“検査をしない”という選択肢をとるのは難しいこともありますが,必要なとき,または検査結果によって判断が大きく変わるときにオーダーすべきであって,ルーティンになんでもかんでも検査をすればよいってものではありません. 感度,特異度が高い検査が存在したとしても,その結果の解釈は,検査前確率に大きく依存します.自身で「◯◯という疾患だろう」と疑って検査をオーダーしているのと,「おそらく違うだろうな」と可能性を低く見積もっている場合とでは,検査結果の解釈は当然異なります.この検査前確率にかかわるのが疫学であり,Hi-Phy-Viです.やることをきちんとやったうえで,適切な検査をオーダーしましょう. もちろん,施行した検査をきちんと評価することは必須です.ルーティンで,またはなんとなくオーダーしていると,心電図やX線を読影し忘れる(入院時ルーティンでありがち),CTで評価したい箇所以外は見落とす(腹部CTにおける肺野,腫瘍の存在など),そんなことをやりがちです.ご注意を. 詳細については,本文の「真夏日のある日,発熱で来院した患者さんが熱中症だと思ったら…」(pp.1757〜1762),「検査結果を適切に解釈するには…?」(pp.1763〜1770),「よくある疾患だと思ったら…」(pp.1781〜1789),そして私の著書3)をどうぞ(笑). 3)自身ですべて解決しようとせず,適切なタイミングで相談を! ERでは自分1人ですべての患者さんに対応しようなどと思ってはいけません.初期研修医の皆さんの多くは,相談できる指導医など上司がいるはずです.ほう・れん・そうは誰もが入職後に教わる合言葉ですね.報告・連絡・相談です.このうち私がいつも研修医に伝えていることは,報告,連絡も大切だけど,何より相談が最も大切ということです.「〜と判断して帰宅としました」,「〜と家族からクレームがありました」と報告,連絡を受けても,“時すでに遅し”では困ってしまいます.然るべきときに相談してもらいたいのです. しかし,この相談が実は難しく厄介なんですよね.「ちゃんと相談しろよ!」と指導医に言われても,その指導医がカリカリプリプリしていたらなかなか相談できません.前回相談したときに,「そんなことで相談するなよ!(怒)」と言われていたら,次からは相談したくもなくなります.つまり,相談される側にも原因があることが少なくないわけです.「コミュニケーションエラーを防ぐ救急外来の環境をつくるには…?」(pp.1727〜1736)や「睡眠不足のときに診察した腹痛の患者さんが…」(pp.1737〜1748),「くも膜下出血を疑ったのに…」(pp.1771〜1780),「【コラム】アンガーマネジメント①〜③」(pp.1736,1747,1756)を参考に,上手に指導医と付き合ってください.これらの内容は,指導医にとっても役立つものと思います. 4)最終的な判断の前に一度振り返るべし! ERで最終的に確定診断をする際に,いまいちど「本当にこの判断で正しいのか?」と自問自答する癖をつけましょう.矛盾する点はないか,何か見落としていないかなどを再度確認するのです. ERという慌ただしく時間が流れる環境におかれると,どうしても自分の思っている方向へと解釈をこじつけがちです.また早期閉鎖やアンカーリングといったバイアスに陥りやすくなります〔「初期研修も終えて,自信をもって診断したのに…」(pp.1790〜1796),「【コラム】anchoring bias/availability bias」(pp.1762)参照〕. 私は自身の陥りがちなバイアスを理解しているつもりですが,状況によってはぶれてしまうことがあるため,ポケットに岩田充永先生のパール集4)を,ER控え室には林寛之先生のTips集5)を置いてチラチラ確認しながら,振り返るようにしています.救われたことが何度あったことか…. 5)病状説明は具体的にわかりやすく! ER診療の難しさは何が原因なのでしょうか.複数の要因が存在しますが,“限られた時間で判断しなければならない”,これが診療を最も難しくしている要因ではないでしょうか.時間を無限にかけてよいのであれば,きちんとHi-Phy-Viを評価し,患者さんとその家族の要望を聞いて,さらにはERのベッドで数時間様子をみればよいでしょう.しかし現実はそうではありません.患者さんは待ってくれませんし,ERのベッド,さらには入院できる数には限りがあります.軽症の患者さんは,「帰宅」という選択肢をとり,さらにはこの場では精査しないという判断をしなければなりません. その際に重要となるのが病状説明です.説明したつもりでも患者さんが正しく理解している割合は予想以上に低いものです6).きちんと伝えたつもりでも相手にこちらの意図が伝わっていなければそれは全く意味がありません.“急がば回れ”の精神で,わかりやすく丁寧に説明する必要があります.虫垂炎の可能性を考えながらも現時点でははっきりしない,この後で嘔気や嘔吐,右下腹部痛を認めれば虫垂炎かもしれない,これを現時点では心窩部痛しか認めない患者さんに対してきちんと説明し,適切なタイミングで再度受診してもらうように説明するのは意外と難しいものです. 適切に伝える術として,本人ならびにキーパーソンにとって理解しやすい言葉で説明すること(横文字や医学用語を用いないこと),teach-back法(医療者が説明した内容を“患者自身の言葉”で説明してもらう)などを活用し,患者・家族の理解を確認すること〔「くも膜下出血を疑ったのに…」(pp.1771〜1780)参照〕,帰宅指示書を利用することなどが有用です. おわりに エラーから学ぶことは非常に大切です.“過去は変えられない”,確かにエラーをしてしまったこと自体は変えられないでしょう.しかし,そのエラーがなぜ起きたのか,どうすれば防ぐことができたのかを学ぶことができれば,それはマイナスな経験でなく,未来に活きるプラスの経験となります.すでに起きてしまったエラー,またはエラーをしそうになったケースを振り返り自己の成長さらにはER全体の成長につなげてください.今回,私が信頼する先生方にエラーの原因の3つ(表2),① 状況要因,② 情報収集要因,③ 情報統合要因についてそれぞれ順にまとめていただきました.また,間のコラムでは,ERではしばしば問題となるアンガーマネジメントや認知バイアスに関して,よくある事例をもとに解説しています.本特集が少しでもエラーをプラスの経験に転じるきっかけとなれば幸いです. 文献 Trowbridge RL:Twelve tips for teaching avoidance of diagnostic errors. Med Teach, 30:496-500, 2008 Bordage G:Why did I miss the diagnosis? Some cognitive explanations and educational implications. Acad Med, 74:S138-S143, 1999 「ビビらず当直できる 内科救急のオキテ」(坂本 壮/著),医学書院,2017 「ERのクリニカルパール 160の箴言集」(岩田充永/著),医学書院,2018 「Dr.林の当直裏御法度―ER問題解決の極上Tips90 第2版」(林 寛之/著),三輪書店,2018 Engel KG, et al:Patient comprehension of emergency department care and instructions:are patients aware of when they do not understand? Ann Emerg Med, 53:454-461, 2009 著者プロフィール坂本 壮 So Sakamoto総合病院国保旭中央病院 救急救命科2019年4月,総合病院国保旭中央病院救急救命科へ異動しました.初期研修医とともにER診療に従事し,軽症〜重症まで幅広く診療にあたっています.年間約50,000人のwalk-in患者,7,000台を超える救急車の対応は大変ですが,学ぶことが多く自身の成長を実感できる毎日であり,現時点では楽しくやっています.研修医の皆さんもぜひ一度見学を! 連絡, 相談はこちらまで.“三銃士”のfacebookページも見てね! 〈著書・編書〉 「J-COSMO」(中外医学社)編集主幹 「救急外来 ただいま診断中!」(中外医学社) 「ビビらず当直できる 内科救急のオキテ」(医学書院) 「あたりまえのことをあたりまえに 救急外来 診療の原則集」(シーニュ) 「意識障害 jmed61」(日本医事新報社) レジデントノート2017年6月号「急変につながる危険なサインを見逃すな!」 レジデントノート2018年2月号「『肺炎』を通してあなたの診療を見直そう!」 他