特集にあたって 特集にあたって 本田優希(聖隷浜松病院 総合診療内科) 1そもそもなぜ論文を読む必要があるのか 臨床医である私たちが論文を読む目的は,日々更新される医学情報から知識をアップデートし,患者のアウトカム改善に生かすことです.医学知識は日々アップデートされるので医師は学び続けなければならない,というフレーズを耳にすることがあると思いますが,医学部で最新の知見を学んできたばかりの若手の皆さんはそれを実感する機会はまだ多くないかもしれません.しかし,世界中で猛威を振るっているCOVID-19に対して標準とされる診療がどんどんアップデートされていく様子は目の当たりにしていることでしょう1).もう少し長いスパンでみても,例えば2014年に国内ではじめて発売されたSGLT2阻害薬は私が学生の頃には教わりませんでしたが,現在では糖尿病治療薬としてのみならず,慢性心不全2,3)や慢性腎臓病4)の治療薬としての有効性まで示されつつあり,SGLT2阻害薬って何? なんてとても言えません.皆さんも医師としての経験年数が進むほど,以前スタンダードとして学んだことが通用しなくなる状況が増えていきます.そして,主治医が医学知識をアップデートしていないことにより不利益を被るのは患者です.自分が患者だったら知識をアップデートしている医師に診てほしいですよね. 2医学知識をアップデートするために必要な能力 論文を読み医学知識をアップデートすることの重要性はわかりましたが,膨大な数の医学論文をフォローし続けることは不可能です.例えば,2021年10月現在,PubMedで“Sodium-Glucose Transporter 2 Inhibitors”と検索すると4,624件がヒットし,過去5年間のランダム化比較試験(RCT),Systematic review,メタアナリシス,Reviewに絞っても1,459件が残ります.しかし,残念ながらその大半はあなたの診療実践を変えるほどのインパクトをもっていない可能性が高いのです.2000年に実施された研究ですが,総合系の臨床医学雑誌で最も多く引用され4大誌と呼ばれる,NEJM,Lancet,JAMA,BMJでも,質が高く臨床的に有用な論文は20〜35本に1本しかないとする報告があります5).つまり医学雑誌の最新号が出版されるたびにすべての論文を読むことは物理的に不可能かつ効率の悪い勉強法なのです.そこで,臨床疑問が生まれたときに調べる習慣と,膨大な数の医学論文から診療の役に立つ「読む価値の高い」論文を選び出す能力,そして選び抜かれた論文を読んで内容を正しく解釈できる能力が重要になります. 3本特集のねらいと使い方 本特集では,研修医が論文を読む目的として多い,“診療で生じる臨床疑問の解決”と“抄読会”を想定して,論文の探し方・選び方・読み方について解説しています. 読む価値の高い論文の探し方,選び方については,国際標準のオンラインの二次資料であるUpToDateとDynaMed,またPubMedを用いて,それぞれの実際の画面も示しながら臨床疑問に基づいて読む論文を選ぶまでの手順を解説しています. 論文の読み方については,Narrative review,RCT,Systematic reviewの3つの型を取り上げています.それぞれ実際の論文を用いて,ざっくり要点をつかむ読み方と,内容を詳しく把握し解説することが求められる場合のがっつり批判的吟味をする読み方の2通りを紹介しています. 「読む価値の高い論文の見つけ方:二次資料を活用しよう!」(pp.2641〜2648),「RCTの読み方」(pp.2673〜2683),「患者へのエビデンスの適用の考え方」(pp.2694〜2700)の3項目では,症例に基づく臨床疑問から,論文を探して選んで読んで,実際に患者に適用するところまでの一連の流れが辿れる構成になっていますので,はじめて取り組む人でも読みながら1つずつ一緒に進めていけばやり遂げることができます. 最後の「論文の探し方・選び方・読み方を身につける」(pp.2701〜2706)では,本特集で知識を学び実践のノウハウを知った読者の皆さんが,自身の診療の場で患者アウトカムの改善につながる実践ができるようになるためのスキルの身につけ方について解説しています. 正直なところ,私自身が研修医だったときを振り返っても,ほかにも学ぶべきことの多い研修医の到達目標として「臨床に役立つ読む価値の高い論文を探し,選び,読める」ことは高い目標であり,到達できない人の方が多いのではないかと思います.しかし,臨床医として働くうえでは必須の能力であり,専門研修のうちには到達すべき目標であると考えます.学ぶきっかけは上級医から読んでくるようにと論文を渡されてしまったことや,抄読会の担当が回ってきてしまったことといった外的なものでもかまいませんが,早めに身につけなければならないスキルですので,本特集を活用して皆さんに効率よく学んでもらえればうれしいです. 本特集の執筆は,日本プライマリ・ケア連合学会 若手医師部門 病院総合医チーム6)で一緒に活動している全国の若手病院総合医の先生方にお願いしました.私自身が研修医に論文の探し方・選び方・読み方を教える際にも,自信をもって勧められる1冊ができたと思います. 引用文献 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症について 医療機関向け情報(治療ガイドライン,臨床研究など) McMurray JJV, et al:Dapagliflozin in Patients with Heart Failure and Reduced Ejection Fraction. N Engl J Med, 381:1995-2008, 2019(PMID:31535829) Anker SD, et al:Empagliflozin in Heart Failure with a Preserved Ejection Fraction. N Engl J Med, 385:1451-1461, 2021(PMID:34449189) Heerspink HJL, et al:Dapagliflozin in Patients with Chronic Kidney Disease. N Engl J Med, 383:1436-1446, 2020(PMID:32970396) McKibbon KA, et al:What do evidence-based secondary journals tell us about the publication of clinically important articles in primary healthcare journals? BMC Med, 2:33, 2004(PMID:15350200) JPCA若手医師部門病院総合医チーム note ↑日本プライマリ・ケア連合学会 若手医師部門 病院総合医チームのnote.活動紹介や生涯学習に役立つ情報,病院総合医のキャリア紹介などを発信しています. 著者プロフィール 本田優希(Yuki Honda)聖隷浜松病院 総合診療内科 臨床医として働きながら大学院生としてMultimorbidityや誤嚥性肺炎をテーマに研究もしています.論文の探し方・選び方・読み方を学びはじめたのは後期研修時代のjournal clubなどでやらざるを得なかったからですが,いつの間にかこのような特集を担当させてもらったり自ら進んで論文を書く側にも回りつつあったりするので,どうなるかわからないものですね.