特集にあたって 特集にあたって 岡本 耕(東京大学医学部附属病院 感染症内科) いまでこそ大学病院で指導医として研修医や医学生を教える側にいますが,私にも研修医時代がありました.このころ,救急外来で数百人の患者さんを診察してカルテに記載した(暫定)診断名で最も多かったのは,急性上気道炎と急性腸炎でした.深夜に何人も続いた急性腸炎の後にほぼ同じ症状で来た患者さんが虫垂炎であった,「かぜ」と判断して帰宅させた患者さんが髄膜炎として救急外来に戻ってきてしまった,というような苦い記憶もたくさんあります.2022年の現在も,いわゆる「かぜ」の症状が救急外来や一般内科外来で遭遇する頻度の最も高い症状の1つであることは変わっていないように思います. ただ,「かぜ」を取り巻く状況は大きく変わりました.まず,薬剤耐性菌の問題は人類への脅威ということが世界レベルで認識されるようになりました.日本でも政府が主導して薬剤耐性アクションプラン1)を発表し,抗菌薬適正使用を特に進めるべき領域として急性気道感染症および急性下痢症に対する「抗微生物薬適正使用の手引き」2)が厚生労働省から発行されています.各学会ではなく,厚生労働省が発行主体となっている感染症診療の指針はほかにはありません.そして,これ以外にも「かぜ」診療を解説した良書が複数出版されています.「かぜ」に対する理解や認識が深まり,「かぜ」を診るときに医師に期待されるレベルが上がったともいえるかもしれません. もう1つの大きな変化は,新型コロナウイルス感染症の流行です.(特に外来で)発熱を含む「かぜ」症状のある患者さんを診て,「コロナか,コロナではないか」のみを判断されていることが増えたように思います.それ自体はしかたがない部分もありますが,問題なのは「コロナではない」で止まってしまうことで,「コロナではないけれど●●だった」と後からわかった(診断が遅れた)ケースを稀でなく目にします.●●には,深頸部膿瘍,感染性心内膜炎,骨髄炎などなどいろいろな疾患が入ります. 病院によっては「かぜ」症状のある患者さんを診察するのが発熱外来に限定されたりして,研修医や医学生で「かぜ」の症状で来る患者さんに接する機会が大きく減った方も多いのではないでしょうか? また,新型コロナウイルス感染症の流行とともにインフルエンザは大きく減ったということも顕著な変化かと思います.私自身,コロナの流行がはじまってからほとんどインフルエンザを診ていません. このような状況下,読者の皆さんで,「かぜ」症状のある患者さんを自信をもって診ることができる方は少数派ではないでしょうか? 「かぜ」症状のある患者さんを診るときに必ず知っておくべきことは,感染症・救急・一般内科といった領域が重なる部分ですが,これらはいうなれば医師としての基礎体力のようなものです.臨床研修のときにしっかりと理解・習得しておかないと,意外と学ぶ機会のないまま歳を重ねていくことになります. でもこの特集を読めば大丈夫です! この特集では,まず「かぜ?」と思ったら必ず思い出したいフレームワークについて,「抗微生物薬適正使用の手引き」の作成メンバーの1人であり,かぜ診療のバイブル3)の著者でもある山本舜悟先生に解説いただきました.そして,私が信頼する臨床現場の第一線におられる先生方に,よく出会う目立つ症状ごとに異なるアプローチ(特に地雷疾患の見分け方),検査の出し方,漢方薬を含む実際の処方のコツまで,自分が研修医だったら知っておきたいことのエッセンスをまとめていただきました.タイムマシンがあるなら研修医時代の自分に手渡したい一冊です. この特集を読んでいただくと,過去に診た患者さんの経験が「あれはああすべきだった」という気づきとともに新たな経験となると思いますし,これから出会う患者さんの診かたも確実に変わってくると思います.実際に患者さんを診てもっと学びたいと思ったら,ぜひ各稿の参考文献などにあたってみてください.この一冊が,皆さんがこれから診ることになる患者さんへのよりよいケア,そしてコロナ禍で研修生活を送る皆さんご自身の成長の助けとなることを願っています. 引用文献 国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン 2016-2020.2016 厚生労働省健康局結核感染症課:抗微生物薬適正使用の手引き 第二版.2019 「かぜ診療マニュアル 第2 版」(山本舜悟/ 編著),日本医事新報社,2017 著者プロフィール 岡本 耕(Koh Okamoto)東京大学医学部附属病院 感染症内科 日米で10年以上,内科・感染症研修をした後,指導医になり6年が過ぎました.大学病院で日々医学生や研修医の皆さんと接するなかで,当たり前のように思って見過ごしていることも意外と多いと気づかされます.中間管理職になって診療・教育・研究のバランスをどうやってとっていくかが目下の課題です.