(レジデントノート2011年6月号)
河合 先月号まで「脳と心と眠りのプライマリケア」という連載を行ってきましたが,この座談会では,「なぜ今,脳と心と眠りなのか」を神経内科医,精神科医双方の視点から読者の方々にお話ししていきたいと思います.
河合 実は本連載の執筆者にはISMSJ(日本臨床睡眠医学会;http://www.ismsj.org/)に所属しているという共通項があります.この分野の大きな問題は,睡眠を担ってくれるような次世代の医師が育っていないということにあります.そこで,堀有行先生(金沢医科大学医学教育学准教授)や立花先生が中心となり,その教育を担う「脳と心と眠りの学会」を作りたいと考えたことがISMSJの設立の切っ掛けでした.
河合 真先生
皆さんは,私も含めてですけど,2004年の研修医の臨床研修必修化前の世代ですよね.それの功罪というのはここでは語りませんが,ただ「脳と心と眠り」というのは完全に置き去りにされた感があると思います.今の初期研修では,命にかかわる疾患をまず救えるようにする,ルールアウトする,もしくは危険な症候・症状を見つけて,いかに早く対処するかということを強調しています.もちろんそれは大事なことなのですが,それだけで一人前の医者になるかというと,そうでは決してありません.
多くの若い研修医たちをみていて,その隙間のよくわからない訴えに対する反応や対応が非常にまずいと感じています.私はそういった完全に置き去りにされているところが,実はすごく面白い分野であることを伝えたいのです.そういった実に人間らしい訴えが大脳の高次脳機能に起因するということを実感できれば非常に面白いと感じてもらえるはずなのですが,それを教える人は全くいません.それを教えないで一人前だと言っていていいのか疑問を感じたところが,私が「脳と心と眠りのプライマリケア」というものを考え始めたきっかけでした.
三上 俗に「病気を診るというよりも,人を診る」という言い方をしたりしますよね.今の神経内科ではどう考えているのですか?
大倉 人を診るということは,もちろん個人の考え方にもかかわってくることだと思うのですけれど,神経内科医からすれば,やはり病名を1つはっきりさせて診断をつけることは重要だと思います.そのうえで,例えば,神経難病がベースにあって,プラス他の疾患を考えていくものだと思います.また基本的に変性疾患であれば,最後までどのような道筋をつけるかということを示していくべきかと思います.例えば,認知症を今治すことはできないけれども,周りがどうかかわって,どう指導して,施設に行くにしても,どのようにするのかまで考えていくということが大事なのだと思います.
河合 私はアメリカでの研修中,ALS専門のチェアマンがいて彼からそうしたことを学びました.彼は患者さんの扱いが非常に上手な方で, ALSの患者さんやその家族にALSですと診断を告げると「じゃあ,助からないんですね,やれることは何もないんですね」と言われるのですね.そうしたら彼の場合,必ず言う文句が決まっていて「Cureはない.治癒することは残念ながらないけれども,やらなければならないことはたくさんある.栄養をちゃんととる,睡眠をちゃんととる,これで予後は随分変わる」と.「Cureすることはないけど,われわれには,あなたに対してやることは非常にたくさんある」と必ず言うのですよね.Cureをさせることだけが医者の仕事ではないんだなということを知って,その瞬間目からうろこが落ちたものです.
三上章良先生
三上 神経内科は,診断が主目的になっていたところから,当然ながら,その人の生活というのをバイオ・サイコ・ソーシャルに考えていくように発展していってるのですね.そう考えると,精神科は,逆に心しか診ない精神科医と,脳しか診ない精神科医と,そう分かれてしまって,脳と心を一緒に診ようとする精神科医がすごく減ってしまっているような気がします.マニュアル化と薬物療法が中心になってしまっていて,例えばうつ病の原因はわかってないのにわかった気になって,抗うつ薬を出せば治るという,そういう短絡思考をしてしまう傾向があるように思います.
立花 そこにチェックリストがあって,合計点数何点以上だったら薬を出しましょうというところですね.
三上 薬物療法中心で,その人の環境とか,生活とか,そういうところにはほとんど関心をもたない.あるいは逆に,今は少ないかもしれないけれど,精神疾患は脳の病気ではないという形で,心理的なところを追及していく人もいて,両極端に分かれてしまって間がないのです.脳の病気としてとらえながら,サイコ・ソーシャルな面もフォローするという当たり前の診療を,精神科医がしなくなったような気がすると同時に,精神科医が不眠をよく診ないようになってしまっている気がします.
寝られないと言ったら睡眠薬を出すのが一番簡単だからそうしてしまう.それでも寝られないと言ったら,また睡眠薬を追加していく.どんどん睡眠の質を悪くしてしまうという悪循環が起こっています.
河合 研修医のなかに睡眠薬を処方したことがない人はいないと思うのです.つまりそれだけ「不眠」はかなり大きなウエイトを占める問題なわけです.
大倉 ですが,今は病棟などでは,最初の入院指示のところに「不眠時アモバンR1錠」と書く,普通にそういう感覚できてしまうため,不眠=薬となってしまっているように思います.
河合 そこで,思考停止してしまうのですね.
大倉 寝られない人がいると看護師さんが困って主治医に電話しなければならないので,最初から指示を書いておいてほしいと頼まれることは病院ではよくあることですが,研修医のときに最初にそう教わってしまうと,原因に関係なく,不眠の方は睡眠薬,困れば精神科へと考えるようになってしまいますよね.いろいろ考えれば,寝られなくても当たり前の人もいると思うのですが.
大倉睦美先生
立花 睡眠薬を専門的に勉強すれば違う選択肢もわかってくるのですが,ただ外来を全然診ない若い1年目2年目の研修医にとって,睡眠へのとっかかりは,入院してきた人への対応しかないのですよね.
河合 どう睡眠薬を出すのか,あるいは出さないのか,それが睡眠のすべてになってしまっている研修医達が,残念なことに結構多いですね.
立花 そういった患者さんに具体的に何もできないにしても,やはり少しは話を聞くようになってほしいです.先日3日に1回ぐらい薬を替えられて非常に困っていた方が私のところに来ました. そういった場合,やはりレジデントレベルでもできることとして,不眠というかたちで別のメッセージを送っているのではないかと考えることが大事ではないかと思います.「眠れません」という人は,その背景に,言いたいことが別にあるのです.「眠れません,眠れません」と言っていながら,同じ薬を出しても満足して帰る人は多くいますし.本当はなぜ眠れないのかという一番の原因は,少し話を聞くだけでもわかってくるものだと思いますから.
河合 なぜ寝られないのかを聞く作業をしないで,睡眠薬を出すことが多いですね.精神科ではどうでしたか.
三上 夜寝られない人が非常に多く,そのたびに起こされるのは当直医が嫌がるし,看護師さんもどうしていいかわからないということで,不眠時の指示は必ず出しておいてくれと言われることが多かったですね.
河合 不眠指示というのは,当然それはあってよいと思うのです.ただ,そこにさまざまな不眠の理由がある,ということをわかっているかが大きな問題なのですが…,それが全くわかっていないですからね.例えば,心不全で本当に呼吸が苦しい人が寝られないというのは,それは寝たら危ないから寝ていないわけで,そこに睡眠薬を出したら確かに寝るだろうけれども死ぬかもしれない,これは考えればすぐわかることなのですが,そのような考え方を教えてもらえない.なぜか診断がすっ飛ばされてしまいます.それがおかしいということすら思わずにその習慣が続いでしまっていることが問題なのです.
よく立花先生が「教えてもらったようにしか教えられない」とおっしゃいますが,結局,こうやってどこかで誰かが教えないと,永遠に誰も教えないのだろうと思います.