(レジデントノート2011年6月号)
河合 先月号まで「脳と心と眠りのプライマリケア」という連載を行ってきましたが,この座談会では,「なぜ今,脳と心と眠りなのか」を神経内科医,精神科医双方の視点から読者の方々にお話ししていきたいと思います.
河合 日本の初期研修は,病棟で各科が好きなように教えているところを初期研修医が回っていくという感じで,総合的に教えたいと思っている人間がいても,教える場はありません.ではどこで教えるかというと救急になるんですよね.研修医が必ず回ってきて,ある程度の数の研修医が必ず3?4人いて,効率よく教えられるとなると,やはり救急になるんです.
立花 私の病院の例ですが,救急にプラスして感染症回診をやっていて,全体の中で感染症が出てたらどうするかというのをやっていますが,それくらいがいわゆる総合内科的研修医指導をやれるところみたいですね.
河合 私は救急を中心にレジデントを教育するというのは,効率の面から考えて,しかるべき方法だと理解はしています.一方で,日本の救急は,救急車で本当に重症の患者さんを受け入れるところと,風邪などの軽症の人や,診断のはっきりしない人が来る救急外来に分けられますよね.前者はもちろんのこと,後者でも,例えば,風邪を診ながら「眠れません」という人が夜中に来た場合でも,速くこなすことを要求されるわけです.そこではやはり話をよく聞いてしまうがために速く外来をさばけない研修医たちも出てきます.話を聞くこと自体は本来良いことなのですが,救急の外来ではそれを良しとされないんですね.それによって,看護師さんたちをはじめとした周りからの評価が下がってしまうのが見ていて可哀想になります.そういった研修医たちは,実は,例えば「脳と心と眠り」のような外来中心の科に行けば,きっと力を発揮できるのではないかと思います.
立花 今,どうしても救急が中心で,初期研修のときに自分はすごく評価が低いことで落ち込んだりしていても,そことは全く違うところで自分に合う場所が,必ずあることを伝えたいです.
河合 もちろん,救急が大事なのはわかります.ただやはり救急,病棟,外来を全部こなしてはじめて医者が1人出来上がるものであると思っています.「どう患者さんと接するか」「どういうしゃべり方をして,患者さんがどう帰っていくか」,経験を積んだ医者なら,全員わかっていることなのですけど,例えば「お大事に」と言うことで患者さんが診療の終わりを察して帰ってくれるというようなコツを研修医は知らないことがあります.電子カルテの入力にばかり気をとられないで患者さんを見て話す,そういったノンバーバルコミュニケーションを教育することが大事だと感じます.
立花直子先生
河合 最後に,そのような状況のなか本連載を読んで睡眠に興味をもった方々が,この分野をどう勉強していけばいいのかについてお話していきたいと思います.
立花 これで劇的にこの分野の診療能力が上がるということではないのですが,例えば,患者さんの人生全部を聞くことはないけれど,家で1日どんな生活をして過ごしているか,通勤時間,労働時間,食習慣といったことは,話せばわかりますよね.ですから,その人がどんな生活をしている人なのか,目に見えるように語れるようになるということを,自分に練習として課してみることが良いと思います.
また,勉強の教材としてはUSMLEの教科書のなかに1つ面白いものがあります.「Behavioral Medicine」という本で,人間の一生が書いてあって,最初は正常発達から始まって,臨床心理学全般,睡眠,エモーション…と,ある部分だけ取り出してみたら精神科,別の部分には睡眠,また別の部分には発達心理について書かれていて非常に面白い.でも,こういった本は,日本語の本ではないですね.
河合 日本語の本がないというのが問題なんですよね.英語の本を読めない場合の逃げ道がないんです.ほかの分野だと,日本語でちょっとした教科書が多く出ているのですが,ちょっとした睡眠の本というと,書店で一般書のところに並ぶようなものになってしまいますから.残念ながら,それが今の日本の現実です.ただ,われわれISMSJをはじめ,そういった受け皿を作らなければならないと思っている人間がいるということだけでも読者の方々には覚えておいてほしいと思います.睡眠医学は,認知されてからの日が浅い若い分野ですが,だからこそ面白いとも言えます.われわれが,なんとかこの分野の受け皿を作るので,本連載で興味をもっていただいた方が1人でも多く仲間になってもらえればと思います.
本当の「脳と心と眠りのプライマリケア」というのは,われわれと直接かかわりのない人たちがちゃんとできるようになって,はじめて「プライマリケア」と呼べるものになります.そこまでの道はなかなか長いですが一歩一歩やっていきたいと思います.