抗血栓薬に関する問題 72歳男性.高血圧と糖尿病で近医に通院しており,降圧薬と経口血糖降下薬を内服している.以前より時折動悸を認めていたが,本日朝から動悸があり,改善しないため当院を受診した.心電図では心房細動を認めた.採血では貧血はなく,肝臓や腎臓の機能にも問題は認めない. 追加投与が検討される抗血栓薬はどれか. ⓐアスピリン単剤 ⓑクロピドグレル単剤 ⓒアスピリンとクロピドグレルの2剤併用(DAPT) ⓓ抗凝固薬単剤 ⓓ 抗凝固薬単剤 心房細動に対する抗血栓療法において,抗血小板薬は推奨されず,たとえ抗血小板薬2剤併用でも血栓塞栓抑制効果は抗凝固薬に劣ると報告されている. 解説 ワルファリン 適応:血栓塞栓症(静脈血栓,心筋梗塞症,肺塞栓症,脳塞栓症,緩徐に進行する脳塞栓症等)の治療および予防. 用法用量:血液凝固能検査〔通常は国際標準化プロトロンビン時間(PT-INR)〕の検査値に基づいて用量を設定する. 目標PT-INRは対象疾患で多少異なることに注意する(次頁の表を参照). ヘパリンナトリウム 適応:反発性血管内血液凝固症候群の治療,対外循環装置使用時の血液凝固の防止,血管カテーテル挿入時の血液凝固の防止,輸血および血液検査の際の血液凝固防止,血栓塞栓症(静脈血栓,心筋梗塞症,肺血栓塞栓症,脳塞栓症,四肢動脈血栓塞栓症,手術中・術後の血栓塞栓等)の治療および予防 用法用量:全凝固時間(ACT)もしくは全血活性化部分トロンボプラスチン時間(aPTT)の検査値が正常値の2〜3倍になるように,年齢・症状に応じて適宜用量をコントロールする.投与方法は持続静注,間欠静注,皮下注,筋注など,症例によってさまざまな方法がとられる. 副作用:静注抗凝固薬で,頻繁に使用される薬剤だが,抗凝固薬一般の副作用として過量投与で出血性合併症が問題となる.また,特徴的な副作用としては,ヘパリン誘発性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia)をきたすことが知られており,稀ではあるが全身の重篤な血栓塞栓症をきたすことがある. 直接阻害型経口抗凝固薬(DOAC) ワルファリンがビタミンK拮抗薬であるのに対し,これらの薬剤は非ビタミンK依存型経口 抗凝固薬(nonvitaminK dependent oralanticoagulant:NOAC)あるいは直接阻害型経口 抗凝固薬(direct oral anticoagulant:DOAC)と呼ばれる. ダビガトラン 適応:非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症の発症抑制. 用法用量:1回150 mg 1日2回,もしくは110 mg 1日2回経口投与する. ただし,70歳以上,中等度の腎機能障害,消化管出血の既往がある場合では110 mg 1日2回を推奨する. リバーロキサバン 適応: ①非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症の発症抑制. ②深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症の治療および再発抑制. 用法用量: ①1回15 mgを1日1回食後に経口投与する. クレアチニンクリアランス(CCr)<50 mL/分の症例には1回10 mgに減量する. ②深部静脈血栓症または肺血栓塞栓症発症後の初期3週間は1回15 mgを1日2回食後に投与し,その後は1回15 mgを1日1回食後に経口投与する. アピキサバン 適応: ①非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症の発症抑制. ②深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症の治療および再発抑制. 用法用量: ①1回5 mgを1日2回経口投与する. ただし,年齢>80歳,体重<60 kg,血清Cre>1.5 mg/dLのうち2つ以上を満たした症例には1回2.5 mg 1日2回に減量する. ②深部静脈血栓症または肺血栓塞栓症発症後の初期1週間は1回10 mgを1日2回に投与し,その後は1回5 mgを1日2回経口投与する. エドキサバン 適応: ①非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症の発症抑制. ②深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症の治療および再発抑制. ③下肢整形外科手術(膝関節全置換術,股関節全置換術,股関節骨折手術)患者における静脈血栓塞栓症の発症抑制. 用法用量: ①1回60 mgを1日1回経口投与する. ただし,体重<60 kg,CCr<50 mL/分,P糖蛋白阻害薬併用のうち1つ以上を満たした症例には1回30 mg 1日1回に減量する. また,高齢・出血高リスク症例に対して,次の3つの基準をすべて満たした場合は1回15 mg 1日1回を考慮できる. 高齢(80歳以上を基本とする) 以下の出血素因を1つ以上有する. 頭蓋内・癌内・消化管等重要臓器での出血の既往 体重45㎏以下 CCr 15 mL/分以上,30 mL/分未満 NSAIDsの常用 抗血小板薬の使用 本剤の常用量またはほかの経口抗凝固薬の承認用量では出血リスクのために投与できない. ②1回60 mg 1日1回経口投与する. ただし,体重<60 kg,CCr<50 mL/分,P糖蛋白阻害薬併用のうち1つ以上を満たした症例には1回30 mg 1日 1回に減量する. ③1回30 mgを1日1回経口投与する 疾患別の抗凝固療法 【心房細動】 心房細動は高齢化に伴い本邦でもその有病率が増えている.現在の日本循環器学会のガイドライン1)では,リスク因子などに基づいた抗凝固療法の推奨を示している. 具体的には,CHADS2スコアを参考に1点以上あれば抗凝固療法の適応であり,かつDOACを推奨,ワルファリンは考慮可となっている.また,CHADS2スコア0点でも,「その他のリスク」に該当する場合は抗凝固療法を考慮可としている.具体的な用量調整については表に示す. 僧帽弁狭窄症や機械弁に合併した心房細動症例に対しては,ワルファリンのみが適応を有している点は注意が必要である.2020年度版のガイドライン1)では,生体弁置換術後の心房細動症例では「非弁膜症性心房細動」に含めるとされ,DOACの使用が可能となった. 【虚血性心疾患合併心房細動】 虚血性心疾患には抗血小板薬が基本薬剤となるが,同症例が心房細動を合併した場合,多剤併用の問題がでてくる.特に,冠動脈ステント留置後では抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)が基本となるが,そこへさらに抗凝固療法の追加がなされると3剤併用療法(triple therapy)となる.その場合は当然のことながら出血性合併症リスクが上昇するため,出血リスクを加味した治療戦略が必要になってくる. 2020年版のガイドライン2)では,経口抗凝固薬(oral anticoagulant:OAC)服用例では,冠動脈ステント留置後,3剤併用期間は極力短くし,抗血小板薬単剤(single antiplatelet therapy:SAPT)と抗凝固薬の併用を推奨している.さらに12カ月後の慢性安定期には,抗血小板薬を中止し,抗凝固薬の単剤(OAC monotherapy)を推奨している. 【静脈血栓塞栓症(VTE)】 肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)と深部静脈血栓症(deep venous thrombosis:DVT)は一連の病態であることから,近年,これらは静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)と表現されるようになった3).抗凝固療法の選択では,急性PTEと慢性PTEと分けて考える. 急性PTEでは,抗凝固薬投与可能であれば,以下の選択肢がある. ①ワルファリン:ヘパリン等の非経口抗凝固薬を投与しつつワルファリンを開始,PT-INRが1.5~2.5で安定化するまでヘパリン等を継続する ②エドキサバン:ヘパリン等の非経口抗凝固薬を初期投与後,添付文書の用量調整基準に従いエドキサバン1回60 mg もしくは30 mg 1日1回投与へ切り替え継続する ③リバーロキサバン:急性期は1回15 mg 1日2回(30 mg/日)を3週間投与し,その後維持療法として1回15 mg 1日1回で投与する.この場合は心房細動のような用量調整基準は適応にならず,一律の用量となる. ④アピキサバン:リバーロキサバン同様,常用量の倍量にあたる1回10 mg 1日2回(20 mg/日)を1週間投与し,その後1回5 mg 1日2回の常用量に減量し,維持療法とする. DOACは腎排泄を基本とするため,心房細動に対する抗凝固療法は腎機能により用量調整を行うが(表),PTE急性期はリバーロキサバン,アピキサバンは用量調整せず投与する点が異なる.しかしCCr 30 mg/分未満の場合には禁忌となるため,その点は注意が必要である. 慢性PTEでは,同薬剤を継続するが,投与継続期間はいまだ議論がある.危険因子が可逆的である場合は3カ月,VTEの誘因がはっきりしない場合は少なくとも3カ月は継続後,リスクベネフィットを勘案し継続の可否を検討する.担癌患者や再発例ではより長期,場合によっては終生投与が考慮されるが,一定の見解をみないのが現状である. 【弁置換術後の抗血栓療法】 弁置換術後ではその詳細により,選択薬剤が異なる. 機械弁の場合,ワルファリンのみが適応となる4).大動脈弁置換術では目標PT-INR 2.0~2.5を基本とするが,血栓リスクが高い場合はPT-INR 2.0~3.0,僧帽弁置換術後場合は一律PT-INR 2.0~3.0を目標とする.これは,大動脈弁位の方が高圧系であり,大動脈弁位における血液フローが早いことから血栓形成リスクが若干低いことが想定されるためである.さらに,適切な抗凝固療法でも血栓塞栓症を発症した場合には,PT-INR 2.5~3.5への強化も考慮される.また同症例にアスピリンを併用することも許容されるが,同様に出血リスクが増加する点は留意すべきである.機械弁に対するアスピリン単剤,DOACの使用は禁忌である. 外科的生体弁置換術後の場合,術後3カ月はワルファリンを用い,PT-INR 2.0〜2.5を目標にコントロールする. 一方で経カテーテル的大動脈弁留置術(transcatheter aortic valve intervention:TAVI)では,ステント留置同様に,留置直後はDAPTが実施されるため混同しないよう注意が必要である4). 近年循環器領域における抗血栓療法は常に新しいエビデンスが報告されている.本解説は2021年時点でのものであり,今後改訂される可能性がある点についてはご留意いただきたい. 文 献 日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン:2020年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン(2021年11月閲覧) 日本循環器学会:2020年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法 (2021年11月閲覧) 日本循環器学会,他:肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版) (2021年11月閲覧) 日本循環器学会,他:2020年改訂版 弁膜症治療のガイドライン (2021年11月閲覧) (2022/06/01公開) 戻る この"ドリル"の掲載書をご紹介します 循環器薬ドリル 薬剤選択と投与後のフォローも身につく症例問題集 池田隆徳/監,阿古潤哉/編 定価:4,950円(本体4,500円+税) 在庫:あり 月刊レジデントノート 最新号 次号案内 バックナンバー 連載一覧 掲載広告一覧 定期購読案内 定期購読WEB版サービス 定期購読申込状況 レジデントノート増刊 最新号 次号案内 バックナンバー 定期購読案内 residentnote @Yodosha_RN その他の羊土社のページ ウェブGノート 実験医学online 教科書・サブテキスト 広告出稿をお考えの方へ 広告出稿の案内