循環器の検査に関する問題 2日前から持続する胸痛を主訴に救急搬送された82歳女性 症例 初診時 82歳女性,独居.近くに娘が住んでいた.健康診断で高血圧,脂質異常症を指摘されるも,本人の希望にて,医療機関を受診しないでいた.2日前から胸部違和感出現.1日前には,一時冷汗を認めるほどの胸痛を認め,一度嘔吐.その後は症状がいったん改善したため,家族に相談せず,自宅で様子を見ていた.その後も胸部違和感は改善なく,食欲低下などを認めたため,家族に連絡し,救急搬送となった. 当院搬送時,意識状態:JCSⅡ-20,血圧70 mmHg台とショックバイタル,末梢冷感も強く,症状を確認すると胸部違和感も持続していた.来院時の血液検査で,白血球:12,000/μg,ヘモグロビン:11.2 g/dL,血清クレアチニン:1.12 mg/dL,AST:100 IU/L,ALT:120 IU/L,CPK:384 U/L,NT-proBNP:21,505 ng/mL,血清トロポニンT:16.7 ng/mLの状態であった.心電図は図1で示す.心エコー上,後壁領域が著明な壁運動低下を認めており,その他,持続する胸痛,採血結果から急性冠症候群を疑う所見と考えられた. 心電図にみられる所見として,適切なものはどれか? ⓐ前胸部誘導でST低下を認め,左前下行枝を責任病変とする心筋梗塞を疑う ⓑ下壁誘導でST低下を認め,右冠動脈を責任病変とする心筋梗塞を疑う ⓒ調律は心房細動であり,不整脈発作に伴う胸部症状を疑う ⓓ前胸部誘導で広範囲にST低下を認め,左回旋枝領域を責任病変とする心筋梗塞の可能性もあるため,背側部誘導の記録を追加する ⓓ前胸部誘導で広範囲にST低下を認め,左回旋枝領域を責任病変とする心筋梗塞の可能性もあるため,背側部誘導の記録を追加する 心電図検査からわかること 今回,病歴から急性心筋梗塞が疑われるが,心電図上,明らかなST上昇部位は認めていない.しかし前胸部誘導にて広範なST低下を認めている.心電図上,ST低下は心内膜下の虚血を反映する重要な心電図所見であり,一般的に虚血責任冠動脈にかかわらず,胸部誘導においてV4〜V6誘導が中心となる.またST低下を認める誘導数が多いほど,より高度な心筋虚血を反映していると言われている1, 2).そしてST低下は対側性変化によるもので,実際にはST上昇型心筋梗塞(STEMI)のことがあるため,十分に注意が必要となる.よってST低下を認める場合は,対側の誘導でST上昇を認めないか,必ず確認する. 純後壁心筋梗塞の場合,梗塞部位が左室後壁に限局するため,12誘導心電図ではST上昇部位を示さず,診断に難渋することがある.しかし純後壁心筋梗塞の場合,ST上昇は示す誘導は認めないが,左室後壁のST上昇の対側性変化として,前胸部誘導でST低下を伴うことがある.このような場合,非ST上昇型急性冠症候群との鑑別となるが,後壁梗塞の場合はST低下を認める誘導としてV1〜V3誘導を中心とする場合が多く,一方,心内膜下虚血の際はV4〜V6誘導が中心であるため,両者の判別が可能である.しかし,純後壁梗塞の診断確定には,背側部誘導(V7〜V9誘導)を記録することが望ましい3, 4).背側部誘導でST上昇(隣接する2つ以上の誘導で0.5 mm以上)を認めた場合,STEMIとして再還流療法の適応となる. 今回,心エコー上は後壁領域の壁運動低下を,心電図上はV1〜V3誘導を中心に著明なST低下,また背側部誘導でもV8〜V9誘導にてST上昇(図2)を認めていることから,後壁梗塞のSTEMIの診断となる. 文 献 Kosuge M & Kimura K:Clinical implications of electrocardiograms for patients with non-ST-segment elevation acute coronary syndromes in the interventional era. Circ J, 73:798-805, 2009 Kosuge M, et al:Clinical implications of persistent ST segment depression after admission in patients with non-ST segment elevation acute coronary syndrome. Heart, 91:95-96, 2005 Matetzky S, et al:Acute myocardial infarction with isolated ST-segment elevation in posterior chest leads V7-9: “hidden” ST-segment elevations revealing acute posterior infarction. J Am Coll Cardiol, 34:748-753, 1999 Agarwal JB, et al:Importance of posterior chest leads in patients with suspected myocardial infarction, but nondiagnostic, routine 12-lead electrocardiogram. Am J Cardiol, 83:323-326, 1999 2024/04/04 公開 トップに戻る