明らかな肺炎像は認めません.胸痛が主訴であり,心臓に異常は認められないようですので,気胸を疑い胸部CTを追加します.
胸部単純X線写真では,両側肺に縦隔からわずかに離れて縦隔に沿った線状影,その内側の透亮像を認める(図1→).縦隔内の大量の空気の存在が疑われる.また,左頸部に皮下気腫を認める(図1◯).胸部CTでは,頸部に皮下気腫(図2→)を,大動脈弓レベルの縦隔内に不規則に分布する空気の存在を認める(図3→).縦隔気腫の所見である.
入院のうえで,安静による保存的治療の方針とした.気腫は徐々に軽快し,胸痛も改善したため第7病日に自宅退院した.
縦隔気腫は縦隔内に気体が貯留する状態を指す.縦隔気腫の原因は,胸部打撲などで食道や気管が損傷することによって発症する外傷性や,激しい嘔吐後の食道破裂(Boerhaave症候群),縦隔内感染によるガスの発生など多岐にわたるが,こうした明らかな要因がないにもかかわらず健康人に突然発症する縦隔気腫については,特発性縦隔気腫の名が与えられている1).何らかの原因によって肺胞内圧が急激に上昇することで肺胞が破綻し,そこから間質へと漏出した空気が気管支肺血管鞘の被膜を剥離しつつ肺血管に沿って肺門部に達し,縦隔気腫を起こすというMacklinの説が発症機序として有力である2).比較的稀な疾患であり,発生頻度は入院患者の3万人に1人とする報告がある3).自然気胸発症例と同じく,高身長・痩せ型の若年男性に好発する3).
特発性縦隔気腫の三徴は頸部痛・嚥下困難・胸痛とされ,身体所見として皮下気腫を高頻度で合併する.また,胸骨左縁付近で収縮期に一致した捻髪音を聴取することがある(Hamman’s sign).診断には胸部単純X線が有用で,左右の心血管影に沿って縦走し頸部に至る線状影・透亮像や鎖骨上部の軟部領域の透亮像が典型的所見とされるが,胸部X線のみでは診断に苦慮する例も多く,胸部CTにて診断確定となる.
治療は安静による保存的治療が一般的であり,本症例も安静のみで改善が得られた.経過中に発熱や炎症反応の上昇を合併した場合は縦隔炎を考え抗菌薬投与を行う.予後良好とされるが,ときに縦隔内圧上昇による循環不全をきたし緊急縦隔ドレナージなどの外科的処置を要する場合もあり,入院での経過観察が推奨される.
基礎疾患を有さない若年健康人が突然の頸部もしくは胸部症状を生じた際は,本疾患を念頭にまずは胸部画像を評価することが肝要である.