(実験医学2012年4月号掲載 連載 第1回より)
現代の医学は疾病の成因,すなわち原因と発生病理(pathogenesis)を明らかにし,それに基づいて診断,治療の方法を確立することを王道としている.したがって病因論は,医学のなかできわめて重要な位置を占め続けてきたといえる.とくに近年ヒトゲノムの研究が進み,ゲノムと疾病の関係について多くの知見が蓄積されてきた.しかしそれにもかかわらず,なお多くの病気で成因が完全には明らかになっていない.
かつて疾患は成因から「内因性疾患」と「外因性疾患」に分けられた時代があった.内因性疾患は,ゲノムの異常,すなわち遺伝子の突然変異あるいは染色体異常に基づくものである.一方外因性疾患は外からの要因によって起こるもので,感染症,化学物質による中毒,ビタミンやミネラルの欠乏症があげられていた.そして両者の中間に,遺伝素因を背景とし,それに環境因子が働いて起こる多因子疾患(multifactorial or complex disease)が圧倒的に多いことが明らかとなり,いわゆるcommon diseaseの多くは多因子疾患であると考えられるようになった.現在では感染症すら,病原体の感染によって発症するかしないか,ないしは慢性化するかしないかには,遺伝素因が関与することが明らかになってきている.多因子疾患の場合には,通常は単一の遺伝子でなく,多くの遺伝子が関与していることが知られており,多因子遺伝性疾患(polygenic disease)ともよばれる.
内因性疾患の代表は,単因子遺伝性疾患(monogenic disease)で,ほとんどの場合1つの遺伝子の突然変異によって起こる.浸透度(penetrance),すなわち遺伝子異常をもつ場合の発症率は一般に高い.しかし例えばグルコースを細胞内でリン酸化する酵素,グルコキナーゼの変異の場合には,新生児期あるいは小児期に糖尿病を発症するものから,若年期の高血糖は軽度で成人ではじめて見出されるものまである.遺伝子異常の種類によって,浸透度も病気の程度も異なる.