(実験医学2012年4月号掲載 連載 第1回より)
単因子遺伝性疾患の多くは,メンデルの法則によって遺伝する.疾患遺伝子座が性染色体(X染色体)にある場合,母親が保因者となり,主として男児に発症する伴性遺伝の形となる.一方常染色体に疾患遺伝子座がある場合には,一方の遺伝子のみに異常があって発症する優性遺伝と,両方の遺伝子に異常があって発症する劣性遺伝とがある.一般に父親由来と母親由来の遺伝子は特別のものを除いてほぼ均等に発現しているので,ヘテロ接合体の場合には遺伝子産物が半減していても多くの場合発症せず,劣性遺伝となる.しかし変異遺伝子産物が正常遺伝子産物の機能を阻害するときには,優性遺伝の形となる.ドミナントネガティブ(dominant negative)とよばれる現象である.
なお一部の遺伝子では,父親また母親由来の遺伝子の一方の発現が抑制される場合があり,インプリンティングとよばれる1)~3).この現象はインプリントされる遺伝子のDNAメチル化によって起こる.インプリンティングの生物学的意義としては,有胎盤生物における両性の拮抗と説明されている3).すなわち父親由来の遺伝子は母親の栄養をできるだけ多く吸い取る胎児をつくろうとするが,母親由来の遺伝子は次の子どものためにそれをできるだけ防ごうとする.父親由来の遺伝子は栄養膜や胎児以外の組織で多く発現しているが,母親由来の遺伝子は胎児により多く発現している.またインプリントされる遺伝子は胎児の発育にかかわるものが多い.
メンデル遺伝以外の遺伝子異常の1つとして,ミトコンドリア遺伝子の変異がある.この異常は母親からその子どもへと伝えられ,いわゆる母系遺伝の形をとる.細胞によってミトコンドリアの数や構成が異なるため,遺伝子変異(genotype)と表現型(phenotype)の関係は複雑である.ミトコンドリアはエネルギー代謝調節に重要な役割を果たしているので,エネルギー消費の大きい臓器に異常が現れやすい.
単因子遺伝性疾患の種類はきわめて多いが,一部の疾患を除いて患者数は少ない.それは疾患のため自然選択を受け早期に死亡するだけでなく,性成熟期までに発症すると繁殖にも不利となるためである.しかし遺伝性疾患のなかには,かなりの頻度で存在するものがある.例えばヨーロッパにおけるヘモクロマトーシスや嚢胞線維症がその例である.
単因子遺伝性疾患がかなり多く存在する理由として,まず考えられるのは,反復して起こる突然変異である4).たとえある突然変異をもつアリル(対立遺伝子)が集団からなくなっても,新しい(de novo)突然変異が反復して起こることがある.第二に,一部の遺伝性疾患は生殖年齢以降に発症するため,選択を免れることがある.例えばハンチントン舞踏病は40歳以降に発症することが多く,変異遺伝子は次の世代にすでに伝えられていることになる.第三に平衡選択※1(balancing selection)とよばれる現象がある.これはある集団のなかで一定数の異なるアリルが維持される現象で,例えばヘテロ接合体が野生型より有利な場合にこのような現象が起こる.これはヘテロ接合体優位(heterozygote advantage)とよばれる.一例をあげると鎌状赤血球症の遺伝子は,ヘテロ接合体の場合に熱帯熱マラリアに抵抗性があるため,平衡選択によってマラリアの淫浸地域でこの変異遺伝子が維持されてきた.北欧に多いヘモクロマトーシス(貯蔵鉄の異常な増加が起こる疾患)も,かつて鉄不足を起こしやすい時代には有利であったと考えられている.また嚢胞線維症はCFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)の突然変異のためクロライド・イオンの膜輸送に異常をきたし,気道感染のために比較的早く死亡する.それにもかかわらずこの病気が欧米でかなり多いのは,結核への抵抗性のためではないかと推測されている.
人類が地球上に拡散していったときには,比較的少人数で移動したことは確実であろう.例えばフィンランド人は約2,000年前に,20~30家族が移住したのがはじまりとされており,先天性ネフローシスなどの先天性疾患が多い.前述のヘモクロマトーシスはケルト人系に多いが,たまたま疾患遺伝子が遺伝的浮動※2によって広まり,それが鉄欠乏を起こしやすい時代には有利であったとも考えられる.これは創始者効果(founder effect)とよばれる現象である.人類の歴史では少人数での移動や,流行病や飢餓によって多くの人が死亡し,集団のボトルネック(population bottleneck)が起こることが少なくなく,その回復時に特定の変異アリルが人口集団に広がって,単因子遺伝性疾患が比較的多く生じることになると考えられる(図1).