[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第40回 大学生はリッチガール&ボーイ!?―教育格差問題への対応策

「実験医学2013年10月号掲載」

所得格差は大学の進学率に影響を及ぼしている.国公立大への進学率は,私立大学と同様に所得に比例し,400万円以下の低所得層では7.4%,1,050万円以上の高所得層では20.4%である(平成24年調査報告,東大・小林雅之ら).また,東京大学や京都大学による学生生活実態調査 (平成23年度報告) によると,学生の約4割が高所得層の家庭である.

世界に目を向けると,高等教育政策は先進国や近年経済成長を遂げている国ほど重視している傾向がある.日本の教育費は,経済協力開発機構 (OECD) に加盟している先進国や近年経済成長を遂げている国とほぼ同等であり,一見問題がないように思われる.しかし日本の大学進学率は約50%であり,OECD加盟国平均の60%と開きがある.この背景として教育費を国が負担するのか,家庭が負担するのかの違いが挙げられる.GDPにおける公財政教育費の割合は,OECD各国の平均が約5%であるのに対し,日本は約3%と低い水準である 〔Education at a Glance (2009)〕.すなわち,日本では 「知的豊かさは家庭の経済的豊かさで決まる」 と判断することもできる.

この現状に対し,国公立大学などでは低所得者世帯に対する授業料免除などの援助制度がある.しかしこれらには不十分な点がある.①基本的に前年度の年収による審査であり,親が退職していれば,ほぼ無収入扱いとなりうる.②大学院生であれば,独立生計であると主張すれば,家族の年収が多くてもその審査には加味されないことが多い.すなわち,本来援助の必要がない学生に資金が投入されてしまう場合も考えられ,本当に困窮している学生の免除が許可されなかった例もある.経済的な理由で進学をあきらめないためにも,制度の拡充や見直しが必要であると考えられる.

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また,入学試験に目を向けると,有名大学への進学は競争率が高く,塾など学外で教育を受けることが主流である.経済的に恵まれていない場合,このような学習機会を得ることは難しく,進学率の低さにつながっていると考えられている.このような状況を打破するため,受験対策の授業を無料で公開する「マナビー」というウェブサイトが開設された(2010年10月).プロの講師ではなく,大学生や大学院生を講師とすることで経費を削減し,無料化を実現している.代表の花房氏は「社会の根幹をなす教育で格差があってはならない」と語った.さらに経済的な格差だけではなく,地域によっては塾などがない状況についても指摘し,「教育格差問題に対し,今すぐに自分ができることをやった」と続けた.

ではわれわれ研究者には何ができるか.まず,科学のおもしろさを伝え,学びへのモチベーションを上げることが挙げられる.出前授業はもちろん,学会などで一般や中高生向けの講演会を行うのもよいだろう.また地方で学会を開催すれば, 最先端の研究に触れる機会の地域格差も是正できるだろう.このような活動から,高等教育をより重視する風潮をつくり出せれば,経済的なフォローも充実する可能性がある.高等教育機関への進学率の増加は長い目でみればGDPの増加につながるという意見もある.また,教育格差問題を是正する政策自体に携わるようになる方もいるだろう.その際に,高等教育への公的資金充実の必要性を心に留めておいていただきたい.

資源のない日本が生き残る1つの手段として, 知的資源の開発には必ずや意味があるだろう.さらにいえば,知的な豊かさは,心の豊かさをも生むと考えられる.日本の「経済と心を豊かにする教育革新」が望まれる.

取材協力:花房孟胤,辻 真人(マナビー

山元孝佳,松原惇高(生化学若い研究者の会・キュベット委員会)

※実験医学2013年10月号より転載

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