科学で見る恋愛講座

雑誌『レジデントノート』に掲載された「科学で見る恋愛講座」をWEBでも順次公開してまいります!.

第1回 なぜ人は恋愛をするのか?

これをご覧になっているのは,忙しくしながらもプライベートも充実している研修医から,寸時を惜しんでがむしゃらに仕事に勤しむ研修医まで,さまざまな方がおられると思います(なかにはタイトルに「まんまと」釣られて,ご覧になっていらっしゃる指導医クラスの大先生方も).おそらくどんな先生でも,「恋愛」や「結婚」に何らかの興味や関心を持っているのではないでしょうか.「今は研修が忙しいから興味がない」と考える人も,一人前の医師になる頃には生涯の伴侶を得たい,と考えていることでしょう.近年「恋愛」に対して,生物学,進化人類学,脳科学,心理学などさまざまな分野の科学者が研究を重ね,数多くの報告がなされています.ここでは「恋愛」という誰もが経験する興味深いテーマを,科学という目線で解体していきます.

1 “人”も歩けば“恋”に当たる

まずは「なぜ人は恋愛をするのか?」という疑問から始めましょう(うーん,いきなり話が哲学的になりましたね).「結局は子孫繁栄のためでしょ」という返事が返ってきそうですが,それでは生物としての人が行う恋愛の特殊性を説明できません.いきなり最初に答えを言っちゃいますが,人が恋愛をするようになったのは,なんと「二足歩行を始めたこと」が原因だったんですよ!…うーん,「話が壮大すぎるだろ」ってツッコミの声が聞こえてきそうです.まっ,ひとまず話を進めましょう.

人は少なくとも約400万年前には,アウストラロピテクスとして二足歩行をしていたと言われます.二足歩行という画期的な進化により,新たに2つの変化をもたらしました.それは ① 前足が手に変化したことと,② 骨盤の変形です.前足が手に変化することで,自由になった手で道具を使用するようになり,知能を発達させます.その結果,人の脳は急速に増大していきました.つまり「頭でっかち」になったのです.そして,もう一方の骨盤の変形は,二足歩行に適した形になったことを意味しますが,そのしわ寄せとして,出産時の産道が狭くなりました.この2つが意味するのは,頭が大きくなった人の子を出産するのが困難になったということです.類人猿のなかでも,人の出産が群を抜いて大変なものとされますが,実は進化の過程で獲得した難産だったんですね.

さて,脳の進化はとどまることを知らず,さらに頭囲を拡大させ,人の難産は熾烈を極めたものとなります(世の中のお母さんは本当にスゴイ!).その結果,人は妊娠期間を短くして,脳(頭囲)が成長する前に出産するようになります.つまり,人は必然的に未熟な状態で生まれるようになったわけです.考えてみてください.牛や馬などの哺乳類は出生後すぐに4本足で立つことに対し,人は立つどころか,寝返りもできず,首も座っていませんよね.また,類人猿の多くは,大人の脳の約50%の容積で生まれますが,人の場合は大人の脳の30%足らずで生まれており,この点でも新生児が成熟する前に生まれてくることが推測されます.

母親は難産を乗り越えたとしても,未熟である我が子を外敵から守り,自分と子どもの食料を確保するという過酷なサバイバルに直面します.現代の文明社会とは異なり,母親一人での子育てはほぼ不可能でしょう.この問題を解決するために現れた頼もしい存在が,父親です.父親が育児に参加し,妻子の安全を守り,食料の調達を手伝うことによって,子どもの生存率は飛躍的に高まりました.そして,母親と父親を強固に結びつける感情的なつながりこそが,今回のテーマである「恋愛」と考えられています.ちょっと待った!「子育てのために作られたものが恋愛なら,動物全体でも恋愛が行われているのでは?」という鋭い疑問を持たれた方,ごもっともです.実は,父親(オス)が子育てに参加することは,動物の世界では少数派なんです.哺乳類全体で見ると,人間のようにオスとメスが一緒に子育てをするのはたったの10%で,残りの90%は母親(メス)だけで子育てをしています.そう,父親の子育て参加は普通じゃないんですよ!(女性読者の冷たい視線を感じます).話を本題に戻しましょう.その「普通じゃない」男女関係を続けるために,人間が独自に作り出したシステムが「恋愛」と推測されています.とどのつまり,人は二足歩行をし始めたために,恋愛をするようになったわけです!(やっぱり,風が吹けば桶屋が儲かるのと同じように聞こえるは気のせい?).

2 研修,恋愛,そして結婚へ

今までの私の経験では,研修医は研修期間中に,恋愛を通して結婚を決めることが多いように感じます.研修期間中の臨床経験は,医師としての一生の財産になるもので,言わずもがな重要なことです.しかし,生涯のパートナー選びも同じぐらい重要なことだと考えるのは,私だけでしょうか.

科学は,男女の恋愛観の差異,恋愛の終局,そして浮気心さえも説明しようとしており,これらを知れば,恋愛の本質が見えてくるでしょう.ひいては,皆さんの今の恋愛を後押ししたり,逆に踏みとどまらせたりするかもしれません.このシリーズでは,科学を通してわかってきた恋愛を解説していきたいと思います.次号に乞うご期待.

文献

  1. 「ヒトはいつから人間になったか」(リチャード・リーキー/著),草思社,1996
  2. Gross, M. R.:The Evolution of Parental Care. The Quarterly Review of Biology, 80:37-47, 2005
  3. 「だから,男と女はすれ違う-最新科学が解き明かす「性」の謎」(奥村康一ほか/著),ダイヤモンド社,2009

著者

早渕 修(徳島県立中央病院総合診療科)
「レジデントノートに恋愛話とは不謹慎な!」とお叱りをいただきそうですが,このような粋な計らいをいただいた羊土社編集部の皆さんはスゴイと思います! ちなみに私は,恋愛のプロでもなければ,愛の伝道師でもありませんので,恋愛相談目的でのご連絡はご遠慮くださいませ(笑).
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丸毛 聡/編