雑誌『レジデントノート』に掲載された「科学で見る恋愛講座」をWEBでも順次公開してまいります!.
今回はなんと,禁断の領域「浮気」にメスが入ります.ちょっとドキドキしますね.浮気には「不誠実」や「裏切り」といったマイナスイメージが付きまとうため,皆さんはごく一部の未熟な人間が行う他人事だと考えていませんか?しかし浮気は世界中のほぼすべての社会に存在し,さらに男性の30~50%,女性の20~40%が,結婚生活の全期間のうち1度は浮気を経験するという驚愕のデータもあります1).そう考えると,浮気はわれわれ人類に共通する特徴であり,進化の過程で手に入れた適応を予感させます.この狂気じみた愚行を理解するためにも,浮気の本質を科学目線で探ってみましょう.
話は少し変わりますが,なぜ男性は女性よりも体格が大きいのでしょうか?この答えは自然界にあります.ライオンのオスたちは互いに争い,勝者が多くのメスを従え,ハーレムをつくります.オス同士の争いにおいて,体格の大きなオスが圧倒的に有利であり,勝者となったオスだけが子孫を残せます.当然,子孫も体格の大きな遺伝子を受け継ぎ,自然淘汰の作用でオスとメスに体格差が生まれます(ライオンのオスはメスより50 kgほど大きい).ライオンに限らずハーレムをつくる動物には,オスとメスの体格差があることが確認されています.これとは反対に,テナガザルは一夫一妻の関係を築き,オスとメスの体格差はほとんどありません.
おそらく人間も遠い昔に男同士が争い,体格の大きな勝者がハーレムをつくり,多くの子孫を残したのでしょう.現在の人間社会は一夫一妻が基本ですが,ハーレムをつくった太古の遺伝子が,一夫多妻を求める本能にスイッチを入れようとします.そう,これが男の浮気心の本質です.多くの女性を求め,多くの遺伝子を残すこと…男の浮気心はいたって単純明快です.
一方,女性が浮気を行う理由は,単純な理論では説明できません.なぜなら,女性は一生涯に出産できる子どもの数が制限されており,出産後も子育てに多大な労力を要するため,浮気をして多くの遺伝子を残す戦略は賢くありません.女性が浮気をする理由には諸説がありますが,最も説得力があるのは,現在のパートナーよりもより質の高い遺伝子を得て,遺伝的多様性を得ることです.実際に,浮気をする女性は現在の夫に不満を抱いている割合が高く(逆に男性の浮気は妻への不満と関係なく起こる),女性の浮気相手は,現在の夫より社会的地位が高くなる傾向があることもわかっています1).量を求めるのが男性ならば,質を求めるのが女性と言えるでしょう.
これから心理テストをしますので真剣に考えてください.あなたの大好きな彼氏(彼女)が浮気をしました.あなたは,彼氏(彼女)が浮気相手と肉体的につながったことと,精神的につながったことでは,どちらの方がより耐えられないでしょうか?
この肉体的裏切りと精神的裏切りについて調査を行ったところ,男女で大きな違いがみられました.男性の61%が肉体的裏切りの方が耐えられないと答えたのに対して,女性の87%が精神的裏切りの方が耐えられないと答えたのです2).この相違は驚くべきものですが,合理的な説明ができます.
子どもが産まれる場合,女性は生まれてくる子どもが100%自分の子どもであると確信できますが,男性は自分の子どもであるという確証がありません.「ママのBaby,パパのMaybe」なのです.もしも女性が浮気をした場合,1回の性交渉でも妊娠をする可能性があります.そして,浮気相手の子どもと知らない男性は,20年という年月を費やして他人の遺伝子を受け継いだ子どもに献身することになります.つまり,男性にとってパートナーの肉体的裏切りは,遺伝子を含め多くのものを失う脅威であり,耐え難い裏切りとなるのです.
一方女性は,第3話(2016年6月号)で説明したように,男性に経済力を求め,父性としての献身を求めます.もしも男性が浮気相手と関係をもったとしても,精神的なつながりがなければ,男性は元の女性のところに帰ってくるため,経済的支援や献身は維持されるでしょう.しかし男性の心が浮気相手に向き,妻子を捨てることになったら,女性と子どもは貴重な献身を失い,生存の危機に陥ります.つまり,女性にとってパートナーの精神的裏切りは,男性からの献身の終わりを意味するため,より耐え難いものになると推測されるのです.
どちらにしても浮気をされるのは悲しいことです.離婚の原因を調査した資料によると,浮気が離婚の原因として最も多かったのです3).生涯の愛を誓ったカップルが,浮気という狂気に踊らされ,最後には家庭の崩壊に苦しむのです.浮気の本質は,より多くの,より質の高い遺伝子を残すことにありますが,現代社会でそれを目的に浮気を行う人はおらず,生物学的メリットはもはやありません.「メリットのない遺伝子の愚行」と「幸せな家庭の維持」…賢い研修医の皆さんなら,将来選ぶべき選択肢は明らかですね.