開催日:2017年9月16日・17日 会場:リゾートホテルコーラルパームス/奄美パーク(鹿児島県奄美市)
“手あての医療で溢れるセカイ”をめざし,身体診察を学ぶ部活動として生まれたフィジカルクラブ.その全国大会である「Japan Physical Club 2017」(JPC2017)が奄美大島で開催された.部長・平島修先生(徳洲会奄美ブロック総合診療研修センター)の呼びかけのもと熱血講師陣が集結し,教科書では学べない臨床の技を惜しげもなく披露された.台風18号による嵐にもかかわらず全国各地から約60人の医学生・若手医師・看護師が集まり,悪天候を吹き飛ばすような積極性で大いに盛り上がった.
伊東直哉先生(静岡県立静岡がんセンター 感染症内科)は,胸水の存在を打診・聴性打診から疑う技を伝授.患者さんの胸に見立てた水入りのポリバケツが運び込まれ,参加者も実際にバケツを叩いてその感覚を捉えていた.X線で検出できる胸水は200 mL程度からであるのに対し,打診ならば50 mLあれば検出できるとのことで,問診とフィジカルをもとに正しく診断をつけることの重要性が強調された.
「視覚もまたフィジカル」と提言されたのは忽那賢志先生(国立国際医療研究センター 国際感染症センター).グラム染色や皮疹などの画像所見に関するクイズが出題され,“BGMに合わせて踊ることで回答権ゲット”というルールのもと白熱したクイズバトルが繰り広げられた.なかには,抗菌薬の剤形写真について「DU(だいたいうんこ:バイオアベイラビリティの低い薬剤)はどれか」といった問題もあり,フィジカルの概念を超え知識を総動員することが“手あての医療”につながる,というメッセージが伺えた.
小田切幸平先生(名瀬徳洲会病院 産婦人科)の講演タイトルは「女性の心をつかむコツ」.女性の心と身体を理解した診療の重要性が説かれた.問診のレクチャーでは,名瀬徳洲会職員の方が扮する一筋縄ではいかない女性患者が登場し,参加者もたじたじ.小田切先生からは「月経歴は最低過去2回分,『いつですか』ではなく『いつからですか』と聞く」「卵巣出血は骨盤に直接挟まれる右側が90%(左側はS状結腸がクッションになる)」などのパールが共有された.
須藤博先生(大船中央病院 内科)は心音の聴診について,特にⅡ音にこだわって解説.使わないと卒後15年で初学者レベルにまで下がるという聴診の技術を磨くべく,巧みな口まねを織り交ぜ正常心音や異常な心音とその鑑別を伝えられた.「漫然と聴くのではなく目的の音を意識する」という基礎の心構えから「成人でⅠ音とⅡ音の間隔が等しければ心機能が悪化している」といった診断に直結する情報まで,聴診を活かす知恵の数々が披露された.
平島修先生が取り出したのはフィジカルクラブではおなじみという「フィジクラスティック」.長さ15 cmの平たい棒で,過去のレクチャーでは内頸静脈の診察に役立つグッズという位置づけだったそうだが,今回は脊椎の運動制限を評価するSchober試験における腰がどれだけ曲がるかの測定や,心音のⅢ音・Ⅳ音の視覚的な把握に使う方法が紹介された.
北和也先生(やわらぎクリニック)・矢吹拓先生(国立病院機構栃木医療センター 内科)・松本謙太郎先生(国立病院機構大阪医療センター 総合診療科)の「フィジカル横断ウルトラクイズ」では,「興味をもつと学びが深まる」としつつフィジカルに関する○×クイズを出題.「緑内障ではゆっくり寄り目をすることで眼痛が誘発される」などの技が紹介された.
午後は奄美パークに舞台を移して,島民と医療者とがお互いのことを知り医療や生活について語り合うシンポジウムが開催された.島民の「医師はパソコンの画面ばかり見ており,患者の話を聞いているのかわからない」という声に対しては,一言かけてから画面を見るなどの気遣いの必要性が語られた.また「救急車を呼んでよいかどうか迷う」との意見には,どういった場合に救急車を呼べばいいのか医療者と住民で話し合いコミュニケーションを続けていくことが提案された.参加者はみな当事者意識をもって声をあげており,地域を,ひいては日本の医療をよくしていこうという志の高さが伺えた.奄美大島出身のアーティストたちも駆けつけ,最後は参加者全員入り乱れた六調(奄美の踊り)で結束を深めた.
特別講師として吉岡秀人先生(NPO法人ジャパンハート代表)が登壇.ミャンマーやカンボジアの医療の現状を目の当たりにし,治療を受けられない子どもたちを救うために尽力してきたこれまでのご経験を語られた.「できない言い訳をしているうちはできない.いつか海が割れるようにうまくいく瞬間があり,そこまで頑張れるかどうかが重要」などの言葉は,悩める若者たちの励ましになったことと思う.
佐田竜一先生(亀田総合病院 総合内科)の演題では,アイマスクを付けた患者役に対し医師役が無言で腹部をつついたり,「“あっちょんぶりけ”します」のみの説明で頬をつまんだりし,その後患者役がどう感じたか話し合った.佐田先生はこのとき感じた「怖い,知らない用語を言われてもわからない」という嫌な気持ちは患者さんも同じではないか,と指摘し,“よい医者”ではなく“プロの医者”が行えるべき医療として,ユマニチュードの考え方を紹介された.
さらに,“フィジカルの星”から徳田安春先生(群星沖縄臨床研修センター),志水太郎先生(獨協医科大学 総合診療科)とそれぞれ中継がつながった.徳田先生は急性膵炎と胃潰瘍の腹痛をフィジカルで鑑別する技を伝授され,志水先生は患者さんの隠れた訴えを汲むことや患者さんに「あなたを見ています」というメッセージを送ることが重要だと強調された.
最後は平島先生の胴上げで,JPC2017は幕を閉じた.怒涛の行程にもかかわらず参加者は元気で,参加者同士の交流や講師陣への質問は深夜まで続いた.
フィジカルが大事だとはわかりつつ,実践に踏み出せないという人もいるかもしれない.しかしJPC2017には,気後れする心を吹き飛ばす力強さが込められていた.平島先生は「こんな会“ヤバい”でしょう? でも,これを“普通”のことにしたい」と熱く語り,2日間で得た知識や心を持ち帰り全国に広めてほしいと参加者に呼びかけた.先輩の勧めで参加したという研修医は,「普段実際に体に触れて学ぶことは少ないので勉強になる.他の参加者や講師など多くの人と話すこともでき,面白くて知識の定着になった」と話していた.このような参加者の力があれば,日本の医療の未来は明るくなっていくのでは,と思わせる充実の2日間であった.
(編集部 清水智子)