食べものによる窒息は救急外来でよく遭遇します.厚生労働省の報告によると,窒息の原因となる食べものはもちが最も多く,ついでパン,米飯と続くようです.一方,アメリカでは牛肉が最も多い原因で,食事が喉に詰まることを総称してsteakhouse syndromeと呼んでいます.ご存知のように,アメリカの牛肉は日本のようにジューシーで柔らかくないので,さもありなんと思います1).
患者さんの意識がすでにない場合には心肺蘇生が優先されますが,食べものが喉に詰まった場合の救急蘇生法にはハイムリッヒ先生が考案したハイムリッヒ法,背部叩打法が推奨されています.ご存知のように,ハイムリッヒ法は,背後から両腕を腹部に回し,胸骨と臍の間を上向きにすばやく強く圧迫する手技です.術者が,指をからめて手を組むようにしている人もいますが,あれは誤りで,一方の手はこぶしにして,もう1つの掌をこぶしにかぶせるようにしておなかに添えるのが正しいやり方です.たまに“肋骨の上から胸郭を締め付けるように行う”と誤解している人もいますが,胸郭を圧迫すると圧力が横隔膜を通して腹腔内に逃げてしまうので,効果はありません.
ハイムリッヒ先生が書かれたオリジナルの論文を読んでみますと,ビーグル犬の喉にハンバーガーを押し込んで窒息させ,胸部や腹部を圧迫して実験しており,動物実験により考案された手法だということがわかります2,3).実際の開胸手術の際に,こぶしで患者さんの腹部を圧迫すると横隔膜が挙上することも確認されています.
残念ながらハイムリッヒ先生は,2016年12月17日に96歳でお亡くなりになったのですが,亡くなる半年前,アメリカのBBCニュースの報道によると,シンシナティの老人ホームで食事を喉に詰まらせた87歳女性の背後に行き,自らハイムリッヒ法を行ったそうです.ご婦人は食べものを吐き出し,今もお元気にされているそうですが,後にハイムリッヒ先生は,このとき人生ではじめて緊急時の患者さんにハイムリッヒ法を実際に行ったことを告白しています.施設の職員はこの歴史的な瞬間を感動をもって眺めたそうです.ちなみに,胸腔ドレナージのときに使用するハイムリッヒ弁もこの先生の発明です4).