劇的に診断力上がる!
診断推論×ロジックツリー

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始めよう!
診断推論×ロジックツリー

2022年7月22日 公開

はじめに

2020年度から臨床研修制度で一般外来研修が必修化されたことにより初期研修医が初診外来の現場にでて診察を行うようになりました.その際に「救急外来では問題なくできていたのに初診外来になった途端になぜかうまくできない」という声をよく聞くようになりました.初診外来を初めて担当した専攻医からも同様の悩みがよくあがっており,読者のなかにはご自身が,あるいは指導する立場として困っているという方もいらっしゃるのではないでしょうか.今回はそんな悩みを解決するひとつのメソッド“ロジックツリー”をご紹介しようと思います.

※本記事は Gノート2021年6月号「明日からの診療を変える!臨床推論×ロジックツリー 」を再掲載したものです.

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一般内科外来で重要になる思考とは

指導医

指導医:おや,どうしたの?浮かない顔をして.

研修医

研修医:あ,先生!実は,最近一般内科外来の研修が始まったんです.救急外来をやってたときはカルテをどんどん捌いてて看護師さんたちからも「先生って仕事早いですね!」って言われて僕も自信もってたんですけど,一般内科外来になった途端に上級医の先生から「君は抜け漏れが多いね」とか「鑑別診断きちんと考えてるの?」とか言われるようになってしまって自信喪失してるんですよ.僕,救急外来みたいにパターン認識でさっさと診断するのは得意なんですけど,じっくり考えて診断するとかすごく苦手なんですよね.

指導医:なるほどね.人間の思考には直感(観)的思考と分析的思考の2つがあるんだけど1)2), 一般内科外来を初めて担当した初期研修医や専攻医がまず直面する問題が直感的思考に頼りがちになってしまうという点なんだ.

これは初期臨床研修の仕事内容の多くを占める日中や夜間の救急外来が,トリアージ重視で診療のスピードが要求されるから,直感的な思考をより優先的に鍛えていくためにどうしてもそちらの思考に偏ってしまうからなんだ.反面,一時的なトリアージのみではなく最終診断まで迫ることが必要な一般内科外来においては正確性を要求されるので分析的思考が重要になってくるんだ.直感的思考のみでは診療スピードは早いけれど,最初に想起した疾患に固執するあまり矛盾する点を無視したり,診療経験が浅い場合には無理やり自らの経験したことがある疾患に診断を落とし込むというバイアスがかかってしまう危険性があるからね.

※注釈:二重過程理論(Dual process theory):感覚的なひらめきによる素早い思考を直感的思考(System1)と呼び,コンピューターの解析のように網羅的に分析して診断していくプロセスを分析的思考(System2)と呼ぶ.私たちはこのSystem1とSystem2を頭の中で無意識のうちに使い分けている.

研修医:いやー,一般内科外来では直感に頼らずにきちんと網羅的な鑑別診断をあげるのが大切っていうのはなんとなくわかるんですけど,簡単にそれができるなら苦労しないんですよねえ.

指導医:ふっふっふ.実はその分析的思考を素早く効率よく実践できるテクニックがあるのを知っているかな?

研修医:え?そんなのがあるんですか?それならもったいぶらずに早く教えてくださいよ.

指導医:そのテクニックというのは,ロジカルシンキングのことなんだ.

研修医:ロジカルシンキング?聞いたことないです.

指導医ロジカルシンキングは論理的思考とも呼ばれていて,物事を体系的に整理して矛盾なく論理的に思考するための方法なんだ3)~5).主にコンサルティング業界などで用いられていて近年ビジネスの世界でも注目されているんだけど,もともとは非常に長い歴史があるんだ.そしてこのロジカルシンキングは診断における分析的思考を実践するのに非常に相性がいい.

研修医:確かに網羅的に鑑別診断をあげるには論理的に考える必要がありますからね.でもロジカルシンキングって聞いてもなんだか難しそうです.

指導医:そうだね.今日はロジカルシンキングの中でも明日からすぐに診断に使えるテクニックである“ロジックツリー”について教えてあげよう.

ロジックツリーって何だろう?

図1 ダイエットを例にしたロジックツリーの例
図1
ダイエットを例にしたロジックツリーの例

指導医:ロジックツリーについて簡単な例をあげてみよう.ダイエットをしたいと考えているがなかなかうまくいかない場合を例とすると,とりあえず「食事制限」や「運動する」などの案が直感的思考で思い浮かぶだろう.ロジックツリーではこれらの浮かんだアイデアを,まずはツリー(樹木)状にして構造化する(図1)

ところで,「食事制限」「運動する」というのはもっと抽象化して,より大きなカテゴリーに分類するとどうなるかな?

研修医:摂取カロリーを減らしたり消費カロリーを増やしたりということですか?

図2 ダイエットを例にしたロジックツリーを広げたもの
図2
ダイエットを例にしたロジックツリーを広げたもの

指導医:そのとおり!それぞれが「摂取カロリーを減らす」「消費カロリーを増やす」などのカテゴリーに分類できる.今度は,分類したそれぞれのカテゴリーから,さらにアイデアを発散させると,「間食をやめる」「自動車通勤を自転車通勤にする」などの新たなアイデアが生まれてくる(図2).このように具体的なアイデアを抽象化してより大きなカテゴリーの塊として収束させ,そこから収束と発散を繰り返しながら階層構造を作り出し,新しい具体的なアイデアを生み出していく手法がロジックツリーなんだ.思いつきで出した単発のアイデアよりもより網羅的に選択肢をあげることができるうえ,一見しても全体像を把握しやすい.

実行するときはロジックツリーからうまれた選択肢をそれぞれのメリット,デメリット,実行のしやすさなどから比較検討して最もよい案を選んでいくんだ.

ロジックツリーを用いた診断アプローチ

研修医:なるほど.ロジックツリーについてはわかりました.でも実際に診断ではどうこれを使うんですか?

図3 解剖学的アプローチから作成した「胸痛」のロジックツリーの例
図3
解剖学的アプローチから作成した「胸痛」のロジックツリーの例

指導医:では実際にロジックツリーを診断に用いた場合にどのようにするか具体例をあげてみよう.例えば胸痛を主訴に来院した患者の例でロジックツリーを作ってみよう.鑑別診断を意識したロジックツリーでは,左に行くほど大きな塊であり,右に行くほど塊をカテゴリーごとに分割していく.一番左にその患者の主訴を設定し,具体的な鑑別診断名は最も右に位置する.この主訴の設定を間違えると以後の方向性が全て見当違いな方向へ向かって正しい診断にたどり着かないので,選ぶときは最も診断に関与しそうな(High yield)主訴を設定するんだ.その後はその塊の中から,さらに細かく疾患を分類する.塊の分け方は解剖学的に考える解剖学的アプローチと病態的に分ける病態的アプローチの2通りの手法で分類する図3は解剖学的アプローチの例).各階層のカテゴリーでは漏れなくダブりなく候補をあげることが大切〔これをMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)と呼ぶ〕なんだけれど,完璧を意識しすぎると逆にロジックツリーが書けないので,まずは思い浮かんだ思考をとにかくアウトプットすること.次に,思い浮かんだ鑑別疾患名からそれよりも大きな塊(=概念を一段階抽象化したカテゴリー)を思い浮かべ,そこからさらに鑑別診断名を広げていく.抽象化が難しい場合には各疾患の共通項を見つけてグルーピングしてカテゴリーを作ってもいいよ.

研修医:こんな感じですか(図3)?まだほかにも鑑別診断がありそうな気がしますね.

図4 一旦収束させたカテゴリーから新たに発散させて作成したロジックツリーの例
図4
一旦収束させたカテゴリーから新たに発散させて作成したロジックツリーの例

指導医:うん.ここでまっさらな状態から新たな鑑別診断名をあげることはとても大変だけど,各カテゴリーごとに絞って考えると新しい鑑別診断が浮かびやすい.たとえば,「心血管系」の疾患でほかに胸痛の原因はないだろうか?と思い浮かべると,「肺塞栓」などが診断としてさらにあがることに気付く.また「心血管」「肺」「筋骨格系」「神経系」のほかにこれらと同じ階層の抽象度で他の臓器別カテゴリーがないだろうかと思い浮かべると「消化管」や「乳房」なども鑑別としてはあがるよね(図4)

図5 胸部のCT断面に写っているもの
図5 胸部のCT断面に写っているもの

解剖学的アプローチを思い浮かべるときには実際にCT画像を見るといいよ.CT画像でその症状が起きている部位の断面をみると,その断面に写っている解剖学的な構造が想起できるから(図5)

研修医:なるほど.たしかにこれなら僕にでもできそうですね.

指導医:対して,「発熱」,「体重減少」,「全身浮腫」など症状の部位が限局して絞れない場合は解剖学的アプローチでロジックツリーを展開することが難しいので,病態的アプローチからロジックツリーを作成するんだ.たとえば「発熱」の場合は「感染症」「悪性腫瘍」「膠原病」「自己炎症性疾患」など,「全身浮腫」の場合は「血管内静水圧の亢進」「血管透過性の亢進」「膠質浸透圧の変化」「リンパ還流障害」などのカテゴリーに分けることができる.これが病態的アプローチからのロジックツリーだよ.これに対してはひとつの正解があるわけではないので,自分なりにロジックツリーを作りやすく網羅的な分類であればよいと思うよ.完璧を求めすぎると逆にロジックツリーをつくることができないから,思考をアウトプットするためには不完全であってもとにかく手を動かしてロジックツリーを書くことが重要なんだ.

研修医:なるほど,まずは実践することが重要なんですね.ところで鑑別を広げた後はどうするんですか?

指導医:診断を絞っていくときは,どの塊の中に最終診断が隠れている可能性が高いのかという確率を類推し,その中から徐々に塊を分けていくという手続きを行う.その場合は,その塊の特徴(例:筋骨格系の疼痛であれば体動時に憎悪するなど)を意識するんだ.また,絞り込みには発症様式も重要だよ.秒単位の突然発症では「つまる」「破れる」「捻じれる」「裂ける」などの緊急性の高い病態,時間や日にち単位の急性経過では感染症や自己免疫疾患などの病態,月や年単位の慢性経過では悪性腫瘍や変性疾患などがあげられるよ.内分泌疾患のように基本は慢性経過でも急性憎悪するものもあるから注意は必要だけどね.ロジックツリーの作成に慣れてきたら,一番左の塊には主訴の代わりに,より普遍的な医学用語に置き換えたSQ(Semantic Qualifier:セマンティック・クオリファイアー)を用いるとなおよいね6)~8)

研修医:SQってなんですか?

指導医:SQはロジックツリーを展開する起点になるような,その疾患を最も抽象化した医学用語の一文サマリーのようなものだよ.例えば「80歳の男性が,自宅の居間で座りながらテレビ番組を鑑賞していたときに胸が痛くなり救急搬送された.」とする.これをSQに変換すると「高齢男性の突然発症の胸痛」と置き換えることができる.“テレビ番組を鑑賞していたとき”というその瞬間の行動を鮮明に覚えている場合は秒単位の発症様式であることがわかるので「急性」ではなく「突然発症」のほうが適切となる.突然発症だから上の鑑別診断の中では心筋梗塞,大動脈解離,気胸,肺塞栓,食道破裂などが候補になるね.さらに追加情報として既往歴に放置していた高血圧などがあれば特に大動脈解離や心筋梗塞の可能性が高いのではないかと類推できるんだ.このように診断においては解剖学的,病態的にロジックツリーを作成することで論理的に診断にせまることができるんだ.

研修医:なるほど,これは便利ですね.ぜひ今日から使ってみます.

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著者プロフィール

小栗太一(Taichi Oguri)
独立行政法人労働者健康安全機構 旭労災病院 総合内科部長