実験医学2011年4月号掲載の「座談会・前編」では,渡米の決意から,英語やグラント獲得,ラボ運営のスキルについて語っていただきました.以下ダイジェストをご覧ください.
浦野 それではまず,皆さんが米国にいらっしゃって研究室をはじめられた経緯についてご紹介ください.非常にバラエティーがあるかと思いますが.
荒井 僕は2003年に東京大学薬学部で博士号を取得して,その後,武田薬品工業で3年間,脳卒中治療薬の開発に携わっていました.その間に,脳卒中の治療薬開発にはもう少し基礎的な分子メカニズムが明らかにならないといけないと思うようになり,2006年の6月,MGH(Massachusetts General Hospital)で脳卒中の基礎研究をしているラボ(Eng H. Loラボ)にポスドクとして移ってきました.
2008年に2つの財団からグラントを獲得して半独立のような形で研究をしてきたのですが,2010年にNIHからグラントを獲得できたので…
浦野 R01ですね.おめでとうございます.
荒井 ありがとうございます.2011年あたりからポスドクを雇って,少しずつ完全に独立できるよう頑張ろうと思っています.
羽田 私は1990年に東京大学医科学研究所の上代淑人先生のラボで修士を得たのですが,上代先生が定年退官になられて.博士からどこの研究室に移ろうかと思っていたところ,上代先生の退官記念パーティーでRockefeller大学のRobert G. Roeder先生に出会いました.米国の大学院が無料だったことや,ニューヨークのマンハッタンという場所柄に惹かれて1990年の9月に渡米しました.(・・・中略・・・)
浦野 それではラボ運営の話に移りたいと思います.
僕が独立してラボをもつにあたり一番苦労したのは,人を雇うことです.(・・・中略・・・)なかなか良い人を見つけるまでに時間がかかりました.
と言うのも,英語が得意でないため,リファレンスレターの推薦者の人たちに電話することができなかったからです.レターにはみんな必ず良いことを書くというのがわからなかったんですね.今は推薦者に必ず電話をして,どういう人か確かめるようにしています.
羽田 私も電話は必ずしますね.特にポスドクの場合は推薦者に必ず3つネガティブなことを言ってくれと頼むんです.するとアメリカ人は絶対「実はこういうことがあった」と言ってくれます.ポスドクが不正を働くのが一番恐いので,ネガティブなデータを正直にボスに言える性格かどうか,電話で聞くんです.
小林 僕が苦労したのも人ですね.その人がhard workerかどうかは推薦文でわかります.“Nice guy”かどうかも.“Hard worker”とか“Nice guy”とか推薦文で褒めてなかったら,まず Hard worker でもないしnice guyでもない.それが米国です.ただ僕が失敗したのは,パブリケーションにCell誌とかのメジャージャーナルがあるとついつい採用しがちになってしまったことですね.結果サイエンスの面ではよくても,他の人と折り合いがつかず,ラボ全体としてネガティブになってしまうケースがあって,反省しています.その人がチームプレイヤーかどうか,僕も電話で確認する時はあるんですが,推薦状は三人から貰っても,全員とは直接話さない.でも今から思うと,全員に電話するべきなんです.
羽田 私も日本人的な考えで、有名大学の卒業者を採ってみると,本当に基本的なことができない人がいるんで,最近テクニシャンには「pH8.0がアルカリか酸か」といったレベルの質問を10項目用意して,9~10割以上正解できない人はアウトにしています.今のラボを乱さずもっとよくなるように働ける人かどうかは,今いるメンバーに面接してもらうのがいいと思っています.特にポスドクは来てセミナーをしたり,一緒に食事に行ったりしてもらうんです.それでもいっぱい失敗して,何度も自分が辞めるか,雇った人に辞めてもらうかという決断に,胃を痛くしました.(・・・中略・・・)
浦野 英語とコミュニケーションの問題について言えば,ラボ内外での英語コミュニケーションのせいで,研究の進行が遅れているのかなと感じた事もありました.米国のラボでは,中国人やインド人の学生やポスドクの方は最初からみんな対等に話ができますが,日本人は,ややおとなしい傾向があります.ですから自分自身,渡米前にラボの人とコミュニケーションできるだけの英語力があればもっと素早く色々なことが進んだと今でも思っています.
羽田 私も議論とまでは言いませんが,基本的な,最低ラボで必要なコミュニケーションができる程度の英語は,留学前に身につけておけばよかったなと思います.英語で喋るという準備を全然せずに米国に来たので,Rockefeller大学在学時,日本人大学院生は私1人だけで本当に寂しかったです.電話を引くとか,銀行の口座を開くとか,基本的な生活レベルで本当に苦労しました.
小林 英語は苦労の連続ですよね.僕自身は割と準備したつもりだったんです.医学部時代から留学を考えていたので,日本語の教科書は使いませんでした.ですから,ボキャブラリーはそれなりにあったと思うんですけど,会話やコミュニケーションの能力が本当にないことが渡米してからわかりました.
ですが,PIとなった今の段階での一番の苦労はspeakingではなくwritingですね.どれだけ説得力のある文章を書けるかという点では,全然だめですね.
金木 僕が見たなかでも,私自身を含めて日本人が世界で一番英語が下手だと思うんですね.極東なので,言語としても文化としても一番違うのは事実で,逆にそれがアドバンテージになる可能性もあるとは思いますが.
ただ,日本人のポスドクの多くが誤解しているのは,日本人は読み書きはできるけど会話はできないと思っていることです.これは 間違いで,小林先生の仰るとおり読み書きをまず向上するよう頑張るところから始めるべきだと思います.
結局米国のNature誌,Cell誌,Science誌に毎年書くようなbig nameの研究者の論文を見ると,相当“レトリック”が重要であることがわかります.レトリックの上手・下手で(・・・後略・・・)
座談会の後編は5月号に掲載されています.米国から見た大学院教育の違い,日本人の海外留学のあり方と,キャリアプランについてご討論いただいています.上記タブからダイジェストをご覧ください.
↓WashUでのポスドク座談会(2010年3月号,4月号掲載)はこちらをご覧ください↓