海外留学で研究成果を論文にするまでには,生涯忘れられない感慨深く長い道のりがある.留学を決意し,家族を説得し,オファーを獲得して海をわたる.言葉や文化の違いに苦労しながら生活のセットアップ,研究のスタート,実験とディスカッションの毎日…やっとの思いで論文が形になるのは大抵の場合その数年後のことである.このように努力した論文でさえ専門分野以外の研究者に読まれる機会は少なく,日本のメディアにとり上げられることは稀である.せめて論文を対象にした賞に応募するにも,多くの場合応募資格が限定されており,多分野・多地域での日本人研究者が応募できる賞は存在しなかった.私たちUJA(海外日本人研究者ネットワーク)は留学先での努力の結晶ともいうべき論文に光を当てるための企画を模索してきた.そして今回,優秀論文賞を設立し,その第1回選考会がアメリカ中西部で開催された.実験医学の誌面で報告できることを心から嬉しく思う.
論文賞設立のきっかけは3年前にさかのぼる.海外に留学した研究者の思いが詰まっている論文をUJAが集め,大きな波として幅広く世の中へ届けることはできないだろうか.UJAが主催するインターネット会議に世界各地の若手研究者が集結して,既存の枠にとらわれない新たな論文賞をつくるための議論が重ねられた.科学に優劣は存在しないのだから全員を表彰すべきという意見と,威厳ある賞にするために順位をつけるべきという意見が対立することもあった.多分野の論文をどうやって公平に審査するのかという難しい問題にも直面した.幾多の議論を重ねた結果,「研究者と研究者をつなぐための賞」「甲子園のようにそれぞれの地域から代表が選ばれる」というビジョンが導かれた.論文を表彰するだけでなく,SNSやウェブを活用して情報を広く発信するとともにその応用可能性を議論したり,異分野交流のきっかけにすることが目的に加えられた.最後の問題は,多分野・多地域での開催は事務作業の負担が大きくなり,ボランティアだけで対応することは難しいことであった.
この問題を解決したのは,インディアナ州との共催であった.インディアナ州ではインディアナ州日本人会(IJC)がスポンサーとして4年前から論文賞が開催されており,審査委員長は開催当初からノーベル化学賞受賞者の根岸英一先生が務められている.すでに論文賞が設立されていたインディアナ州からの運営マニュアル,テンプレート,オンラインシステムの応用が事務処理の大幅な削減につながり,それぞれの州で1〜2人の事務局と3人の審査員を担当してもらえば開催できる形式となった.インディアナ州周辺の日本人研究者コミュニティに声がけを行い,ミシガン金曜会(ミシガン州),UC-Tomorrow(オハイオ州),JRCC(イリノイ州),INDY Tomorrow(インディアナ州)の参加が決定し,それぞれのコミュニティに論文賞事務局がつくられ,9人の先生が審査員を引き受けてくださった.根岸先生にはアドバイザーを務めていただいた.2019年1月に公募を締め切り,2月末には厳正な審査により2報ずつ論文が選考され,3月にはそれぞれの州に賞状と記念の盾が送られ,4月に結果が公開された.まさに4つの州の研究者がつながったような瞬間であった.
選考対象は「留学先での成果を示した筆頭著者としての科学論文」であり,選考基準は「学術的に優れていること」など4項目がある.受賞論文を見てみると,全体的には医学生物学分野が多いが,宇宙物理学分野,情報処理分野もあり幅広い分野から選ばれている(表).論文に順位はつけられていないが,審査員コメントを参照すると,特にミシガン州代表の兼子氏の発生環境に適応した神経回路形成の論文と,原氏の炎症タンパク質複合体インフラマソームの研究がきわめて高く評価されている.また,イリノイ州代表の石原氏のがんに対する免疫療法の研究は昨年のノーベル賞と関連していることもあり同様に高い評価を受けた.本橋氏の初期ブラックホールの解析法の研究は発表後1年ですでに40回以上引用されていることも高く評価されていた.どの論文も素晴らしくすべて紹介したいが,誌面の制限のため残念ながらここでは解説できないので,詳しい選考理由,個々の審査委員コメントなど詳細はUJAウェブサイト(後述)を参照してほしい.UJAのFacebookでは論文へのコメントもできるので著者本人とのつながりや異分野交流のきっかけの場として活用してもらいたい.
以上のように若手研究者の議論から生まれた新世代の論文賞とも言うべきUJA論文賞が始動した.インディアナ州で開催された授賞式にはシカゴ総領事館から伊藤直樹総領事も参加され,受賞者に大きな祝福と激励があった.授賞式に続いて研究留学している日本人医師による駐在員向けの健康セミナーも行われた.インディアナ日本人会の林武志会長より以下のメッセージをいただいた.「インディアナ日本人会は,世界に挑戦している若手日本人研究者の成果をあげる過程の一助になれてたいへん喜ばしく思います.研究活動の励みになるように,微力ながら論文賞表彰の継続を通して応援を続けていきます.」このようにIJCとUJAの共催となった論文賞は海外で活躍する日本人研究者と日系企業や日本人会との連携を強める意味でも重要であり,ますます研究者と企業の連携が強まることも期待したい.
今後は研究分野別に表彰できるシステムの導入など盤石な運営基盤の構築をめざし,アメリカ50州,そしてヨーロッパ,アジア,オセアニアなど他の地域でも開催したい.協賛,参画してくれる研究者団体とこの優秀論文賞の拡大を支援してくれるスポンサーも募集している.優秀論文賞を通じて,私たちは海外留学のスタートアップ支援,キャリアパス支援に続き,研究成果の情報発信と研究者の海外での地位向上を支援したいと考えている.研究者が安心して海外に飛び込んでいけるための環境を整えることで,留学を恐れずチャレンジする人が増えることを願っている.