総監修/山田悠史,企画・協力/松本朋弘 小澤秀浩
■定価3,850円(本体3,500円+税) ■A5判 ■210頁 ■丸善出版
先日,京都のとある書店で,近畿大学皮膚科の大塚篤司教授と対談をした.その席で彼は,どういう話の流れだったか,とにかく,こんなことを言った.
なんだかずっと頭に残っている.
ずっと友だちでいることをズッ友と呼ぶように,ずっと脳裏によぎり続けることをズッ頭(ずったま)と呼ぶ.あの日以来,大塚はズッ頭である.
ズッ頭のことは忘れてもらっていいが(うそだから),患者と医療者との関係において,医療従事者が患者にコミットできる時間なんてごくわずかしかないということを,近頃は本当にずっと考えている.
そんな折に,本書を見つけた.
正直に述べると,決してモチベーション高く手に取ったわけではない本だ.「まあ,栄養学関連の書籍って読む機会がないし,たまにはいいか……」くらいで,気まぐれに読みはじめたに過ぎない.しかし,本書冒頭の,“patient journey”という概念に出会って,私は思わず背筋を正す.
第2章「栄養とpatient journey」.冒頭で,著者のひとり,松本朋弘先生は次のように述べる.
ああ……つまり,この本は,臨床栄養についての計算結果を載っけた本ではないんだ.
Patient journeyとは,患者の健康な時期,病に侵されてからの時期,そして終末期までのあらゆるプロセスを「旅路」として捉え,その道すがら,患者が何に立ち寄って何に心を砕くか,医療に頼るのか,社会的にどう過ごすのか,経済的にはどれくらいの動きがあるのか,内心では何を考えているのかなどを,すべて検討するために我々に与えられたキー概念である.本書は,医療を離れたところで長い時間を過ごす患者に,医療人が何をしうるのかを突きつけてくる.
サルコペニアの既往がある76歳男性.妻が亡くなってからは,スーパーマーケットに買い出しに行っても何を買えばいいのかわからない.菓子パンや清涼飲料水ばかり買ってしまう.そして,「横断歩道を青信号の間に渡りきることが難しいため」,近所のコンビニでインスタントラーメンや菓子パンなどを済ませて食事とすることが多い――
栄養状態が乱れてしまうことに,そんな理由があるのか! 思わず線を引き索引に採用する(今回も「勝手に索引!」を作りましたので,ぜひリンク先からご参照ください).
この男性に,「フレイルを悪化させないためにきちんと栄養を摂りましょう」などと外来で伝えたところで何の意味もない.では,患者の旅路に寄り添うために,どうすればよいか?
答えはシンプルだ.
「コンビニで買えるもので,患者の食事として望ましいメニューを考えて,患者と相談して支援につなげる」.
本書のChapter 18「コンビニ食で考える栄養」は,医療従事者であるかどうかとはもはや関係がない,患者の視座から見える「臨床」を扱った章だ.小気味いい.私はこういう栄養の話が読みたかった.
高齢の糖尿病患者から食事制限について相談を受けたあなたは,患者のこのようなセリフを耳にする.「食事をどう気を付けたらいいですか.みかんとか柿とか,季節のものだけでも食べられたらいいのですが.やっぱりお医者さんとしては,そういうのも食べない方がいいという立場なんでしょうか……」.これに対して,年齢や環境といった因子を考慮せずに,糖尿病なのだから一律で食事制限だ,ひたすら肥満予防だ,と対応するのが正しいと思っている若い医師は――いないと信じたいが――どうだろう.
専門性が先鋭化する昨今,われわれは自らが包丁一本で世を渡り歩くための職業訓練に必死にならざるを得ない.その分,糖尿病とか高血圧のような「コモン・ステータス」への個別配慮を訓練する機会にはなかなか出会えないというのが実状ではなかろうか.つい,ガイドラインの表層だけを撫でて,オーダーメードではない対処をしてしまいがちではないだろうか.
現実の「臨床栄養」は,誰に対してもHbA1cを下げまくればいいというものではない.高齢者であれば,ときに7.0~7.5%までは許容,合併症や認知機能・身体機能の低下を認める高齢者なら8.0~8.5%を許容することも考慮する.
それはなぜか? どのような根拠で許容されるのか?
念のため申し述べておく.本書は決して,臨床栄養を「患者の都合に合わせて,うまいことエビデンス外の対処をする方法」を書かれた本ではない.入院時の絶食,敗血症性ショック時の栄養の考え方,誤嚥性肺炎における栄養管理,術後患者やがんの末期まで,最新のエビデンスに基づいた方針がまっすぐ示される.
山田悠史先生総監修だけある.臨床対応にも逐一エビデンスがある.情念や主観で「患者に寄り添おう」と言い放つような本ではない.
しかしそれでも,私にとって本書は,患者のlong winding roadに医療人がどう伴走するかという骨太のメッセージによって記憶されることになる.いい本だ.栄養士,看護師,介護士などは当然読むだろう.ソーシャルワーカーにもおすすめだ.言語聴覚士にとっても見過ごせない.そして,医師だ.医師こそが読むべき本だ.医の本道,その目抜き通りは,本書の中を貫通しているのではなかろうか.