[番外編4]「もっともっと」をやめよう その1 名郷先生

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レジデントノートインタビューコーナー『あの先生に会いたい!』では,さまざまなフィールドでご活躍中の先生に,医師として歩んでこられた道のりや,現在,そして将来のこと,さらに私生活とのバランスの取り方などについて語っていただきます.また番外編では,本誌に収まりきらなかった内容をホームページ限定で紹介していきます.

番外編5 「もっともっと」をやめよう その2

名郷先生(以下敬称略):このあいだ,ある本を読んだら,キリスト教の禁欲主義と資本主義は,根が同じだって書いてあったの.それはMax Weberが最初に指摘したことだなんていうのを読んで,それでちょっとMax Weberは現代にすごくフィットするんじゃないかと思って「マックス・ヴェーバー入門」という岩波新書をちょっと読んだら….あまりうまく説明できないんだけど,一生懸命信じていれば天国へ行けるみたいなことが,ある意味崩れたときに,宗教改革につながっていく….宗教改革のときには,いくら頑張っても天国に行けるかどうかはもともと決まっていると.頑張るから天国に行けるわけではないというようなことがきっかけになって,Martin Luther(マルチン・ルター)の宗教改革の波が押し寄せてきて….信仰するというのではなくて,日々の勤労をきちんとやることで,それで天国へ行けるわけじゃないと言いつつ,やっぱり何とか天国へ行きたいとか,そういう流れになっていて.そういう宗教的に,禁欲的にきちんと労働をやるということと,それに対する報奨としての天国―それってもう天国じゃないんだけど―と,資本主義でちょっといいものを買えたりというようなことと,実は今の世の中の根にあることというのは,何となくちょっと似ていて,なるほどという感じがするんだけど,その“なるほど”の感じがうまく説明できないな.今聞いていてどう思った?

小林先生(以下敬称略):自分がやったことに対する報酬はあるということですか.

名郷:やっぱりそういう「天国へ行きたい」と言うことと,「いい家に住みたい」と言うこと,似てるじゃない?

小林:ああ,そうですね.

名郷:井上陽水に「限りない欲望」という歌があって,それ,どういう歌かというと,井上陽水がたぶん子どものころのことを思い出しているんだと思うけど,小さい子どもが,ショーウィンドーに青い靴が並んでいて,これが欲しいと.欲しいと言って,買ったら,手に入ったら,もうあんまりいらなくなって,次に白い靴が欲しいとなる.それで,「限りないもの,それが欲望」という歌なんだけど,それの最後がどうなっているかというと,どうせ死ぬんだけど,「どうせ死ぬなら天国へ」というのが最後のフレーズなんだよね.その歌聞いたときに,ちょうどMax Weberの話がよみがえって,ああ,なるほど,なるほどと思って,そういう感じなんだよ.

小林:その置かれた状況で,さらに高みを望むということですか.死ぬか,死なないかというところで,もうどうせ死ぬんだったら,やっぱ良い方,天国に行きたいという….

名郷:信仰というのは,やっぱり「もっともっと」というところがあるよね.だから,キリスト教も,資本主義も,そういう意味で非常に似てて,「別に死んじゃうよね」みたいなものとか,「別にヴィトンのバッグなんかいらないよね」みたいなことは,もうカウンターパートとしてはちゃんと認識できている人たちもいるんだけど,全然そういう世の中になっていないよね.

小林:ああ,そうですね.

名郷:だから,医療の話に戻ると,この先私はそういう医療をやりたいというところがある.「そんな長生き,ありえないよね?」みたいなことだったりとかね.

小林:例えば,胃瘻とか,気管切開とか,そういうことを減らしていくということですか.

名郷:そうだね.具体的な行動としては,「胃瘻,どうする?」みたいなことだったり.

小林:それで,「もういいです」と言えるような医者が,今後の医師像というお考えですか.

名郷:私はもう言えるんだけどね.それこそ今から15年前に,私がいたへき地なんていうのは,高齢化率30%とか,大変な高齢化率を抱えていたにもかかわらず,保険制度がちゃんとなりたっていたんだよ.それは,何をやっていたか,どういう状況だったかというと,「まあ,そろそろ死ぬわなあ」と言う人がたくさんいたりして,「もっともっと」と言う人がいなくて,「いやあ,別におれの親父は60ぐらいで死んでんだ.おれもそろそろ死ぬで」みたいなことがあるわけね.都会にもそういう人はいるんだけど,そういう人たちは,どこか具合が悪くなると,病院に連れていかれるという選択肢しかなくなっちゃてるよね.ところが,私が診療所にいたころは,高齢者が何か具合が悪くなると,とりあえず私が呼ばれて行く.なかなか救急車は来ないし,ちょっとゆっくり考えたり話したりする時間があるんだよね.そうすると「どうする?」となって「いやあ,まあ,このままちょっと家で頑張ってみるわ」みたいな選択肢が,実はあるんだよ.そうやっているから,高齢化率30%になっていても,そんなに赤字にならずに保険が回ってたりしたわけ.だから,そんなことは普通にできるはずなんだよ.それを何が阻んでるかというと,キリスト教と資本主義が阻んでいると思うんだ.そのことを,20世紀初頭に読んでいた人が,Max Weberじゃないかと思ったわけだ.だからこれからちょっと勉強しようと思っているんだ.

Profile

名郷先生
名郷直樹(Naoki Nago)
東京北社会保険病院臨床研修センター
愛知県の作手村診療所に計12年間勤務した後,へき地医療専門医育成を目標に地域医療振興協会の研修病院で教育を中心とした仕事をしている.

小林先生
小林大輝(Daiki Kobayashi)
聖路加国際病院内科専修医
一見『お堅い先生』かと思いきや,EBM,思想,笑い,どれをとっても超一流を感じました.未収録部分はHPで必見!!

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