—新専門医制度のもとではじまる予定の救急科専門医研修について教えてください.
基本的には,われわれがめざしている救急科の専門医像やコンピテンシーは,今までの学会の専門医と専門医機構の専門医とで違いはありません.ですから,研修内容に大きな変化はなく,今までの専門医を同じように今度は機構のもとで育てていくということになります.
われわれがめざす救急科専門医というのは,診療科や臓器にかかわらず,そして軽症・重症にかかわらず,あらゆる病気,けが,中毒を含めて,急性病態の初期診療が適切にでき,さらに日本の救急医の特徴でもある重症患者の管理ができることが基本的な能力として求められます.そして,これらをそのときの院内のリソースや状況の制約のなかで患者さんにとってベストな治療を選択でき,さらに災害医療やメディカルコントロールの専門家として病院外の医療にも関与するのが,救急科専門医ということになります.
新専門医制度になることで大きく変わる部分は,専門医資格を取得するまでのプロセスです.救急科に限らず,すべての科でプログラム制になります.病院群が提供する研修プログラムに応募して,そのプログラムのもとで,救急科の場合は3年間の研修を受ければ専門医試験を受ける資格が得られ,その試験に合格すると専門医になれるというシステムに変わります.
—例えば三次救急を重点的に学びたいとか,ERを重点的に学びたいなどの希望には対応されるのでしょうか.
それぞれの研修プログラムにはいろいろな特徴があります.例えば,大学病院での研修を中心としたもの,市中病院での研修を中心としたもの,ERが充実したもの,集中治療が充実したものなどです.どれを選択しても最終的には救急科専門医のゴールに達せられるプログラムを用意しますので,そのなかから自分に一番合ったものを選択してもらいます.
—救急科専門医を取得した後,サブスペシャルティ領域は何が取得できますか.
集中治療は専門医機構でサブスペシャルティ領域としてヒアリングがすでにはじまり,救急科と麻酔科を土台とすることになっています.あとは,現行の制度で救急科のサブスペシャルティ領域となっている熱傷専門医や外傷専門医,脳卒中専門医なども専門医機構に参画すると思います.また,救急科は広く横断的に診る科なので,他にもさまざまな科と相談して救急科専門医をベースとして取得できるサブスペシャルティ領域の専門医を増やしていきたいと考えています.
—救急科の魅力を教えてください.
やはり自分の行為と結果が直結するということですね.救急では非常にタイムウィンドウが狭くて決断を迫られたりすることが多く,それはもちろんストレスではありますが,ただ,それを乗り越えて患者さんがよくなったとき,あるいは,自分のやっていることが正しかったときの達成感というのは非常に強いです.大体,みんなその虜になりますね.
あとは働きやすく,女性にも優しいという点も魅力かと思います.特にER型のところは完全にタイムシフトでやっています.例えば,帝京大学でも,育児休暇明けで,ERの日勤で若い先生たちを教えながら育児をしている人が複数います.アメリカではemergency physicianはトップを争うくらい人気のある専門医で,その理由の1つとしてタイムシフト制で時間が自由になるということもあると思います.
—複数の専門医資格取得について教えてください.
救急科の研修の特徴の1つは,いわゆるダブルボード(複数の専門医資格取得)にも配慮している点です.現在の救急科専門医にもダブルボードを持つ医師は3割くらいいます.救急の現場では,救急科専門医で,かつ内科や外科,麻酔科,脳外科などの専門性をもつ医師は患者さんの立場からすると非常にニーズが高い.ですから,救急科としてはダブルボードを希望する人に関しては,柔軟に対応していく必要があると考えています.これに関して機構は原則ダブルボードの取得を前提としませんが,個人の努力で複数の専門医資格を取得あるいは更新することに関しては,それぞれの領域についてルールに従うのであれば特に問題はないことを公式に表明しています.よって救急科では,他の領域の専門医を取るために研修を中断し,取得後に再開することを,両方のプログラム責任者の許可を得ればよしとすると整備基準に明記して機構の承認を得ました.
例えば1年間,救急科専門医の研修プログラムで研修した後,「やはり自分は整形外科の外傷にも興味があるので,整形外科専門医も取りたい」というのであれば,救急科で研修した1年間の経験は保持しておいて,2年目から整形外科の研修プログラムを1年目からはじめて,それで整形外科専門医を正規に取得したら,また救急のプログラムに2年目から戻ることが可能です.つまり最初の1年が無駄にならずに,その1年を使ってよいと整備基準に明記してあるので,救急科のプログラムで残りの2年間研修すると救急のプログラムも修了できます.あとは自分の努力で救急車をたくさん診て,救急科としての初期診療の症例数をこなしながら,整形外科を維持するための手術を行っていれば,ダブルボードを生涯にわたって維持していけるだろうと思います.もちろん,他の専門医をもっているからといって,更新基準を下げることはなく,当然,通常の基準を満たさなければいけませんが,それが可能な職場で働いていれば,両方の更新は可能ではないかと考えています.少なくとも,救急科専門医の更新は救急部門で普通に働いていれば十分に越えられる範囲の症例数だと思いますので,複数の専門医を維持していけると思います.
—学会の今後の目標を教えてください.
もちろん日本の救急医療の質を高めるための人材を輩出することが目標の1つです.
われわれの大きな課題は,救急はまだ新しい分野なので,救急医としての50,60歳代の過ごし方に関して若い先生に明確なイメージをもってもらうのが難しいことです.例えば,外科や麻酔科などは実例が多いので,若い人にも50歳以後のイメージがつかみやすいと思います.でも救急は新しい分野なので,今までは大病院に残ったり,大学で教職に就く以外のキャリアで参考となる人がまだ少なかったのが現状です.ただ,実は救急医もいろんなところで皆さん頑張っているんですね.勤務医として救急で臨床をずっとやってらっしゃる方もいますし,若い人たちの指導に重点をおいて教育者として生きていく方もいますし,開業する方も結構多いです.幅広い診療ができるうえに重症や急変に強いという点を活かして家庭医や在宅医療で活躍されている先生もいて,救急医のキャリアは実は非常に多様です.例えば大病院の救命救急センターで働くだけでなく,それ以外にも救急で学んだことを活かして,医師としての自信と満足感をもって社会に貢献していく道があります.救急に興味をもっていて,救急で働くことが好きだ,楽しい,やりがいがあると思ってくれている若い先生や医学生は決して少なくありません.それなのにロールモデルの不足のために,ちょっと不安を感じて二の足を踏んでしまう人がたくさんいます.なので,われわれはきちっと,わかりやすく,「人生のそれぞれのステージで自分の満足できる医療ができますので安心して救急に来てください」と若い皆さんに示していきたいと思っています.
それからもう1つ課題があります.アメリカでは救急医学の分野は非常に臨床研究も多く,アカデミックにも非常にリスペクトされています.もちろん日本でも,臨床家としてだけでなく研究者としても,救急医というもの自体が他の領域の医師から敬意を払われるようにしなければいけない.それは,やはり学会の課題であり責任でもあると思っています.
—医学生や研修医の先生にメッセージをいただけますでしょうか.
救急というのは医療の原点ですし,「患者さんを助ける」という,われわれ医師が一番求めている1つの姿ではないかと思います.日本の救急医療はまだまだ若い分野であり,それ故に,それを選ぶことに関しての不安もあるかもしれません.ただ救急をやってきた人たちは,みんな自分の仕事に非常に満足をしてやっています.こんなに楽しくてやりがいがある分野を,そういう漠然とした不安感で諦めてしまうのは,もったいないと思います.ぜひ興味をもって,自分が向いているなと思った人は救急科を選んでください.
—貴重なお話をありがとうございました.