前回お披露目した,「超索引」.
遊び心メインで作ったとは言え,なかなかどうしてあなどれない出来だ.通読型医書を用いて学習するための「ツール」として役に立ちそうである.
まず,通読型医書の弱点である「網羅性のなさ」を補完できている点がいい.22冊分のトピックスが詰まっているのだから当然だ.
次に,五十音でざっと眺めるだけでも,ひとつの項目に対して複数の医書が異なる角度から言及していることがわかって,おもしろい.これぞ医書のSDGsである(?).
項目が箇条書きスタイルではなく「文章に近い」というのもいい.わざわざ底本を開かなくても,なんとなく伝わるニュアンスがある.形式は索引形式だが,実際に使って見ると「tips集」のような趣がある.さっと読むだけでかなり楽しめる.
羊土社のエンジニアの皆さん,そして何より担当編集のスーさんが,2年にわたり「勝手に索引」をコツコツ作って下さったおかげで,私は非常におもしろい「おもちゃ」を手に入れた.
……うん,そう,現時点ではまだ,「おもちゃ」だと思う.
超索引を用いて,さまざまな医学用語を「引く」のは楽しいが,現場の研修医や上級医がこれを実践に役立てようと思うと,少々難点もある.
たとえば,ナラティブ性の強い「通読型医書」を読んで私の一存で項目を抽出したために,項目に偏りがある.私は診断学が好きだが治療学には診断学ほどの情熱を持っていないので(病理医だし),項目がどうしても診断寄りのものになりやすい.
ボリュームにも難あり.端的に多すぎる.先ほど「さっと読むだけで楽しめる」と書いたが,ぶっちゃけ,さっと読める量ではない.
さらに言えば,読者諸氏のほとんどは「勝手に索引」のお題本を全部読んではいないだろう.となると,索引項目の一部はあまりピンと来ないかもしれない.超索引を見て,「そうそう,そんなことも書いてあったなあ」と思い出を呼び起こすことができるのは,22冊の本を通読した上でこれを作っている私だけなのだ.他人のスマホのカメラロールを眺めてもおもしろくないのと似て,超索引は今のところ「作者である私が一番おもしろい」.
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以上,現状の超索引のままでは,「研修医が喜んで使えるツール」とまでは言えない.例えるならばこれはβ版である.きちんと試用して改良していかなければなるまい.ここまでやったのなら,とことんいいものを作るべきだろう.
いくつかの単語で超索引を全文検索して,結果を解析する.前回は「糖尿病」で試してみたが,今回は「ショック」「関節痛」「急に」を調べてみることにする.
比較対象として,辞書型医書の代表として『ER実践ハンドブック 改訂版(23ER)』で該当項目を調べ,超索引の検索結果と対比する.
登場したお題本の数:10冊(❶ICU❷心エコー❹外科❻産婦人科❼精神⓫風邪⓮麻酔科⓯ICU⓴膠原病救急)
❶ICU「血液分布異常性ショックでは昇圧薬が必要になることが多いので,中心静脈カテーテル」
❶ICU「血圧は鋭敏な指標ではない」(「出血性ショック」のサブ項目)
❷心エコー「ショック症例では心膜貯留が少なくても自由壁破裂の可能性は除外できない」
❹外科「AG増加は腸管壊死,ショック,肝不全などによる乳酸アシドーシスを示すことがある」
❹外科「抗菌薬はその投与が1時間遅れるごとに死亡率は7.6%上昇」(「敗血症・ショック」のサブ項目)
❹外科「腹痛であっても,秒単位,分単位で突然ショックになるようなときは,まず心筋梗塞,肺塞栓,大動脈解離などを除外」
❻産婦人科「基本的に利尿薬は妊婦に禁忌なので,心原性ショックの際には胎児機能モニタリングを行いながらの治療が望ましい」
⓴膠原病「青木眞先生の「昨日元気今日ショックの感染症」」
22救急「左心機能が非常に悪くて,IVCがパンパンで前胸部両側で多数のB-lineがあれば心原性ショックかな」
第1章「主要症候へのアプローチ」の筆頭,01が「ショック」.ショックの定義,分類,初期対応,Disposition・Follow up,注意点・pitfallまで総論的に語られる.なお610ページにはPOCUS(point of care ultrasound)の一項目としてショックが出てくる.
やはりショックは医書の王道だ.載っていた教科書の数は10冊と多く,❶ICU❷心エコー⓮麻酔科22救急のほか,⓫風邪や❻産婦人科でも出てくるあたり,バリエーションの多彩さをうかがわせる.❼精神に出てくるショックは「精神的な衝撃」の(つまりは一般人の使うショックと同じ)意味なので注意.
記載内容は総じてショックの診断や分類に関することが多い.ショックの原因をどう見極めるかがトピックスとして重要なのは自明であろう.一方で,人工呼吸器やステロイド,抗菌薬など,現場で具体的にどう動くかについての言及もある.23ERで最低限の用語を押さえ,そこからいくつか通読型の書籍を通じて「現場でさまざまなフェノタイプ(表現型)であらわれるショック」について追体験をするといいだろう.
登場したお題本の数:4冊(❻産婦人科⓫風邪⓰外来⓴膠原病)
❻産婦人科「腰痛,恥骨痛,骨盤痛,股関節痛など」(妊娠による生理的変化に伴うコモンプロブレムのサブ項目)
⓫風邪「インフルエンザウイルスは,かなり強い関節痛(+筋肉痛)をきたしますが,「関節炎(疼痛だけでなく腫脹,発赤,可動域制限)」まできたすことは稀です」※
⓫風邪「関節痛だけなのか,それとも関節炎まできたしているのか」※
⓫風邪「患者さんが,関節痛に加えて「腫れている」と訴える場合は腫れている(関節炎になっている)と考えてアプローチすること」※
⓫風邪「発熱+関節痛型」※
⓰外来「七十代の女性が急に右の膝関節痛で臨時受診した」
⓴膠原病「その痛みは関節痛なのか,関節炎なのか,それとも関節の近くの病気なのか,あるいは全然関係ないところからの関連痛なのか」
⓴膠原病「「#関節痛→#関節炎」と展開できてはじめて,関節炎の鑑別診断を挙げる」
⓴膠原病「多関節炎・多関節痛の捉え方」
⓴膠原病「慢性単関節炎・関節痛の鑑別診断」
第1章-25が「関節痛」.鑑別疾患:緊急性の高いものとして化膿性関節炎,頻度の高いものとして(外傷やoveruseを除くと)60歳以上では変形性関節症,痛風,偽痛風,リウマチ性多発筋痛症.60歳未満だと痛風(男性),関節リウマチ.初期対応として痛みが関節由来かどうかを把握し,関節穿刺をはじめとする追加検査の選択,処方について概説.フローチャートもついており,ERというセッティングでは便利.
超索引を検索する前は,関節痛がいっぱい出てくる教科書と言えば当然⓴膠原病だろうと思っていた.しかしふたを開けてみると,⓫風邪が大活躍である.上記トピックスの※はすべて⓫風邪から抽出したものだ.「発熱を伴う関節痛」をプライマリの現場でアセスメントすることの重要性を感じ取れる.化膿性関節炎をルールアウトして終わりでは物足りない.
関節痛と関節炎の違いは⓫風邪でも⓴膠原病でもくり返し指摘される重要ポイントであり必ずチェックしておきたい.
⓰外来からの一文にも着目:七十代の女性が急に右の膝関節痛で臨時受診したとして,鑑別の上位は何? 初期対応は? その対応は鑑別の順序が入れ替わると変更しなければいけないものか?
登場したお題本の数:10冊(❹外科❺腹痛❻産婦人科❼精神⓫風邪⓭耳鼻科⓮麻酔科⓯ICU⓰外来⓱腎臓)
❹外科「サードスペースにあった水分が急速に血管内へ戻る」(周術期の循環器合併症のサブ項目)
❻産婦人科「出産後には必要なインスリン量は急激に低下」
❼精神「つい先月までバリバリに働いていた人が急に統合失調症を発症して激しい幻覚妄想状態を呈することは普通はなく」
❼精神「何もないはずなのに急にゴムの焼け焦げるような変な匂いが一瞬することがある」
❼精神「低ナトリウム血症を急激に補正すると出現する脳症」
⓭耳鼻科「急に耳が聞こえないという主訴でも鼓膜所見をとり,急性中耳炎,滲出性中耳炎を除外する」
⓭耳鼻科「基本的には翌日耳鼻科受診」(「急に耳が聞こえなくなりました」のサブ項目)
⓰外来「日中などに起きて活動をしている最中に急に起こったBPPVは,まずBPPVとせずに進めたほうがよい」
⓱腎臓「eGFRが低い赤の線はあるところから急に腎機能が下がり出します」
23ERのインデックスに「急に」があるわけもないので巻末索引を用いるが,そこにも「急に」は出てこない.ただし「急性」ならいっぱいある.急性胃腸炎,急性間質性腎炎,急性冠症候群,急性関節炎,急性高山病,急性喉頭蓋炎…….ERで出会うこれらの疾病ひとつひとつが手厚く記載されていることは単純に喜ばしいのだけれど,診断がついてから調べる項目はいいとして,「なんか急に具合が悪くなってから来たって言ってる患者」にどう診断を付けるかという観点では,この本のどこをどう探していいか迷う.唯一,「急性発症」で索引を引くと,腹痛のアセスメントのページ(第1章-20腹痛)に飛び,発症様式ごとにどのような疾患を想起すべきかの鑑別法(チャート)が出てくる.そうそうこれこれ,という気持ちになるが,気づくまでに少し時間がかかる.
「急に」を調べるにあたって,似たようなニュアンスで用いられる言葉をまとめて検索した.トピックスを見回してまず思ったのは,「急性○○」と診断さえ付いてしまえばフローチャートに載せられるけれど,問題はこの「○○」が現場ですぐ埋まるかどうかなんだよな,という点.急性喉頭蓋炎だと診断できていれば検索なんてし放題だけれども,「患者が急に具合悪くなった」ときに,その「急に」が何によるものなのかをアセスメントすることが難しい,ということ.
その意味でプライマリ・セッティングの第一歩目にきちんとフォーカスした教科書は,意外にも⓭耳鼻科であった.この本はほんとうに研修医におすすめだ.耳鼻科だからと敬遠している人に読んでほしいなあと感じるし,今の売り方だと研修医は手に取らないだろうからもったいないなと思う.もっと売れたらいい.
おもしろかったのは❼精神.尾久先生の筆のクセなのかもしれないが,「急に」がかかわる精神症状はきちんと把握しておいたほうがよいと感じさせる.
「急に」の検索結果をさらに充実させようと思ったら,症候学の本を読むのがよいかもしれないと思う.疾病名がわからない時点での選択に強くなりたい.「勝手に索引」を追加してみるか…….
β版でいくつか遊んでみて,この企画のゴールが見えた.
自分で勝手に作った索引を,さまざまなクリニカル・クエスチョンで検索することで,これまで読んできた本でカヴァーできそうな部分,あるいはまだ「読み足りない」部分が浮き彫りになる.そして,実際に「研修医が調べたい頻度の高い用語」で,きちんと「勝手に索引」を使ってみることが重要だ.これ,もっとやろう.
「ショック」や「関節痛」,「急に」はなかなかおもしろかった.「敗血症」「肺塞栓」「大動脈解離」のような病態も検索してみたいし,「輸液」「アレルギー」「トラブル」などもぜひやってみたい.誌面での連載は今日で終わりだけど,なあに,かまうことはない.これはもはや,研修医諸氏のための連載という建前を超えた,私の勉強なのだ.
目指すは「シントピカル読書」.通読型医書からはじめて辞書的な網羅にたどり着くというのも,なかなかオツなものだ.へえ,こうなるのか(自分でも驚いている).ではもうしばらく,私の遊びに付き合って欲しい.
謝 辞
本連載での書籍使用を快く許可くださった編著者の先生方,親切かつ迅速に対応くださった担当編集の皆さま,本当にありがとうございました.(市原 真,羊土社 編集部)