教科書には載っていない、小児外来のコツ・保護者への伝え方
宮本雄策/編著,大橋博樹/編集協力
■定価3,960円(本体3,600円+税10%) ■A5判 ■199頁 ■ISBN 978-4-7581-1831-6
少々メタな話をする.今回取り上げる教科書は,もともと,「小児科ジャンルの教科書を1冊は入れておきたい」という穴埋め的発想で選ばれた.研修医御用達のレジデントノートで連載をするからには,救急,内科,外科(手技含む),精神科,産婦人科,小児科,総合診療あたりは漏らさず取り上げないとだめだろう.ローテーションと一緒だ.
ただし,私にとってワークを超えてもはやライフとも言える医書読みも,小児科ジャンルまではなかなか届かずにいた.盟友・堀向健太の『ほむほむ先生の小児アレルギー教室』1)や,佐久医師会+教えて!ドクタープロジェクトチームによる『マンガでわかる!子どもの病気・おうちケアはじめてBOOK』2)あたりは愛読してきたけれど,これらはあくまで「一般向け書籍」である.レジデントに通読してほしい教科書としてこの企画で取り上げるのは違うかなあ,とも感じた(いずれも,医師が読んでも非常に役に立つ名著なのだけれど).
小児科の本にアテがない私は,本企画の担当編集者であるスーさん(あだ名)と,羊土社営業部のダイセン(あだ名)に泣きついた.「小児でいい本ありませんか,通読タイプで.」スーさんもダイセンも,いくつかの本をリストアップしてくださった.その多くは羊土社じゃなかった(笑).企画内で自社の本を過剰に推してこないふたりに1,000いいねを進呈.
そして私は,エクセルファイルの片隅にあった本が気になった.結局羊土社かよ,とツッコまれても仕方が無いが,偶然である.そこにはダイセンのメモが短く添えられていた.
周辺のこととはなんだろう.辺縁思考ということか? 現象の差分を取って認識するという視覚理論のこと? あるいは,医業ではない経営とか地域コミュニケーションの話が載っているとでも? ダイセンが「周辺」と感じたことはいったいなんだろう.私は一気に興味をそそられ,本書を「お題本」に選ぶことにした.すなわち私はどこまでもメタな視点で本書にたどり着いたのである.小児科であればよいし,ダイセンの言葉の意味がわかれば儲け物.不純な動機だったと言わざるを得ないし,「つまんなかったらまた別の本を読もう」とすら思っていた.
いざ読み始めたら……「あっ!!!」という間に読了した.息をも付かずの一気読みである.すっばらしい読書体験だった.穴埋め的発想なんて言ってごめんなさい.メタに選んじゃってごめんなさい.小児科という舞台……いや,道場で繰り広げられる,診療という名の武道を私は垣間見た.「エビデンスを選び取るってこういうことだよな」と,納得が臍下丹田にストンと落ちる.
今回の「勝手に索引」を見て頂こう.Webでは完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.
てっきり,小児科特有の診断方法や,小児科でしか習えない処置・手技のあれこれが書いてある「教科書」だとばかり思っていた.実際,けいれん,アレルギー,喘息,発達障害など,小児科の外来で遭遇する各種疾病の診断基準や治療方針などについてきちんと記載がある.しかしそれ以上に目立つのは,「外来で患児と保護者を前にして,どのように立ち居振る舞うか」の部分だ.そういえば表紙にもきちんと書いてあった.「教科書には載っていない,小児外来のコツ・保護者への伝え方」.
上でハイライトした「1カ月」という項目は,発達の遅れについての相談場面で登場する.子どもにおいてもっとも重要な発育・発達の見極め方は本書でくり返し語られるが,それが単なる「教科書的な数字の羅列」に終わらないのがミソ.頸定(頸のすわり)時期が生後4カ月か5カ月かでは大きく異なるという「事実」を記述するに留まらず,「保護者にはこのように説明すべきだろう」という具体的な「医術」が,実践の体温を乗せた言葉でしっかりと描き出されている.
実に私好みな「指南書」だ.惚れ込む.
小児科における説明は患児だけでなく保護者に対しても行う.だから索引を作っていくと,「お母さん」の項目が輝きを増す.子どもと一緒に来院したお母さんがだいぶ痩せてしまっていることに気づけるのは,子どもを通じて親を定期的に観察することができるプライマリ・ケア医の特権だ,という指摘にハッとする.
そうそう,言い忘れたが,本書では,小児科の医師が「家庭医になったばかりの若手医師(メイ子)」に語る形式で構成されている.ここがいい.これがうまい.ごく一般的な内科開業医にとっても小児診療スキルというのは役に立つのだなということが,肌感覚で伝わる.
「いやいや……小児は小児科に任せようよ.たまにしかやってこない小児を診て,何かあったら責任取れないよ」という医療現場の風潮にも本書は優しく回答する.かぜ,喘息,便秘といったcommon diseaseや,校医・園医になるにあたっての注意点,さらに,けいれんや発達障害,不登校などの「小児科医が診療していれば……」と思いがちな専門領域まで,家庭医としてもやれることがあり,やらなければいけないこともあると堂々と記載されている本書は,「尊い」.
熱性けいれんに対してジアゼパム坐剤(ダイアップ®)を投与するかしないかという話は本書の冒頭に登場する.象徴的というか,圧倒的なのでぜひ一読してほしい.以下,雑にあらすじ.
ああ,リアルだなあ,ゴリッゴリの現場のナラティブ.もっとも,研修医向けの教科書というにはあまりにも「細部」であり,ダイセンの言うように「辺縁」でもあるようにも感じる.
このような外来シーンでのエピソード1つ1つを丁寧にすくい上げた本書を,医書側にいる私やダイセンはつい「辺縁」と思ってしまいがちだ.しかし,「辺縁」とは言い方を変えれば私たち医師にとっての「最前線」である.メルロ=ポンティの言葉を借りるならば,「己の端緒が更新され続ける場所」とでも言うか.
若い医師は,網羅的に疾病の名前を暗記し,各種ガイドラインのURLをiPadにぶち込み,先輩が自炊した研修医マニュアルをさりげなく受け継いで,辞書的な準備を増やし,自分の「中心」に知恵をため込んでいく.それでもいざ外来に飛び出れば,「たった一例」が「一期一会」となり,「些末なズレ」が「患者との違和」につながり,「他の診療との差分」に過ぎない部分こそが「貴重な体験」に思える.医療の辺縁とはすなわち,竹刀の剣先が触れあう場所.間合いの際である.神は辺縁に宿る.
保護者に対する細やかな説明.熱性けいれんに関する紹介状の繊細なニュアンス.専門医への紹介タイミング…….いずれも「辺縁」.私たちがフロントラインで獲得し,自らに積み上げて成長の糧とするもの.「経験知」そのもの.
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本書はとてもいい本だ.ダイセン,やるなあ.Say hello to ヤギ岡 and メイ子.