科学で見る恋愛講座

雑誌『レジデントノート』に掲載された「科学で見る恋愛講座」をWEBでも順次公開してまいります!.

第2回 やはり恋は盲目! 恋愛のメカニズム

「好きすぎて物事が手につかない!」
「ついさっきまで一緒にいたのに,次に会うまでが待ち遠しい!」
う~ん,青春ですね.今まさに,このような心境で研修をしている先生もおられるかもしれませんね(指導医としては「コラコラ」と思いますが).恋愛は誰もが経験することですが,冷静に考えると,普通の心理とはかけ離れた状態です.なぜ,このような心理になるのか? 今月も科学目線で,恋愛のメカニズムに迫ります.恋にうつつを抜かしている研修医は必見です!

1 恋する脳を大解剖!

少し堅苦しい話になりますが,恋愛感情を生み出す「脳」について考えてみましょう.皆さんが,日常診療で脳疾患を検索する場合,「MRI」をオーダーすることが多いかと思います.なんと,恋愛の研究にも,脳の血流動態を測定する「functional MRI(fMRI)」が応用されているのです(ある意味,恋愛も病気みたいなもの?).実験は,超ラブラブな恋愛カップルに恋人の写真を見てもらい,fMRIで脳の状態を調べました.その結果,脳の右側にある腹側被蓋野と尾状核の活動性が高まっており,ここが恋愛中枢であることが判明しました1).ここで脳の基本構造を整理しておきましょう.

  1. 脳幹と大脳基底核食欲,呼吸,意識などをつかさどる原始的な脳.本能
  2. 大脳辺縁系喜び,悲しみ,恐怖,怒りなどをつかさどる感情の脳
  3. 大脳新皮質言語,学習,道徳心などをつかさどる高等な脳

恋愛中枢である腹側被蓋野と尾状核は,それぞれ脳幹(中脳)と大脳基底核,すなわち[1]の原始的な脳に該当します.これは興味深いことで,恋愛感情が,人間としての感情(emotion)ではなく,動物としての欲求(impulse)であることを意味します.さらに,この場所はドパミン報酬系に関わる部位です.ドパミン報酬系とは,脳の欲求を満たすと,ドパミンの産生が亢進し,人に快感を与える神経系です.つまり,恋愛中のパートナーを見ると,快感を覚え,心地よい幸せな気持ちになるわけです.恋人に会いたくてたまらなくなるのは,ドパミン報酬系に味を占めた脳が,他の物事より優先して恋人に会うように命令するためで,その結果,物事が手につかなくなるのです.

一方,恋人を見ることで,一部の脳で活動が抑えられるという逆の現象も確認されています.実験で抑制された部位は,前頭葉,頭頂葉,側頭葉中部と扁桃体です2).前頭葉,頭頂葉,側頭葉は大脳新皮質(上記[3]の高等な脳)であり,特に前頭葉が抑制されると,判断基準があいまいになったり,判断自体をやめたりします.さらに扁桃体は,大脳辺縁系(上記[2]の感情の脳)に存在し,悲しさや恐れを感じたり,攻撃性を高めたりします.ここが抑制されると,相手に負の感情を抱きにくくなります.つまり恋愛をすれば,恋人の良し悪しを判断できないうえに,相手を否定する感情が起こらなくなり,先述のドパミン報酬系と相まって,ますます恋人にのめり込むという図式ができあがります.そう,まさしく「恋は盲目」であり,「あばたもえくぼ」となるわけです.

2 恋愛のスイッチの秘密

では,恋愛のスイッチは,どの時期から入るのでしょうか.驚くことに,恋愛が開始される前から,人は言語を使わない方法で,異性に対して合図を送っているのです.例えば,普段とは違った視線や笑顔であったり,自分の手や腕を触ったり,髪をかき上げたりという些細な動作です.しかも,本人は無意識のうちにその動作を行います.意外にも,この非言語的合図は,約3分の2が女性側から始めることがわかっています3).男性は,女性が無意識に行う合図に親近感や魅力を感じ(ときには自分に気があると勘違いし),積極的に相手のご機嫌をとり,食事やデートに誘うようになります(もちろん恋愛が成就するかは別問題です).これを見ると,恋愛のイニシアチブ(主導権)は,女性側にありそうです.この理由は,生物界のなかに答えが隠されています.動物の生殖行動は,オスが意中のメスにアピールしたり,他のオスと争ったりして,メスのハートを射止めます.これだけを見るとオスにイニシアチブがありそうです.しかし,オスが生殖行動を行うのは,メスが発情している期間だけです.そう,オスは,メスの発情期に踊らされているにすぎず,元々イニシアチブはメスにあったわけです.これと同じく,上記の「非言語的合図」は,発情期をなくした人間においてメスの発情期と同じ役割をしていると考えられ,その名残で女性からの合図が多いと推測されます.いつの時代も,男性は女性の手のひらの上で踊らされている哀れな生き物なんですね…とほほ.

大学生の頃とは違い,研修医になってからの恋愛は,大きなチャレンジです.本能としての欲求,ドパミン報酬系の中毒症状,鈍る判断基準などなど,恋愛は,仕事や勉強への熱意を削ぎ,医師としての成長にブレーキをかけるかもしれません.読者のなかには,「食欲や睡眠と同じように,恋愛の欲求もコントロールしてやる!」という猛者もいれば,「医師として一人前になるまで恋愛禁止」という,某アイドルグループのようなストイックな方もいることでしょう.ハッピーな恋愛をする・しない,どちらにせよ,より良い研修生活には努力が欠かせないということですね.

文献

  1. Fisher, H.:Romantic love:an fMRI study of a neural mechanism for mate choice. The Journal of Comparative Neurology, 493:58-62, 2005
  2. Zeki, S.:The neurobiology of love. FEBS Letter, 581:2575-2579, 2007
  3. 「Nonverbal Sex Differences:Accuracy of Communication and Expressive Style」(Hall, J. A.),Johns Hopkins University Press, 1984
  4. 「愛はなぜ終わるのか-結婚・不倫・離婚の自然史」(ヘレン・フィッシャー,吉田利子/著),草思社,1993
  5. 「人はなぜ恋に落ちるのか?恋と愛情と性欲の脳科学」(ヘレン・フィッシャー/著,大野晶子/訳),ヴィレッジブックス,2007
  6. 「だから,男と女はすれ違う-最新科学が解き明かす「性」の謎」(奥村康一ほか/著),ダイヤモンド社,2009

著者

早渕 修(徳島県立中央病院総合診療科)
恋愛のメカニズムがわかると,恋愛がうまくなる…なんてことはありません.もちろん,私もうまくありません(きっぱり).本当のことを言うと,恋愛は「Don’t think, feel !!(考えるな,感じろ!!)」だと思いますね.
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今本俊郎/編