睡眠薬の副作用としては,持ち越し効果,反跳性不眠が知られていますが,健忘も大きな問題です.フルニトラゼパム (ロヒプノール®) を服用後,電話で仕事のやり取りをして,翌日同僚にその内容について聞かれ全く記憶がないためパニックになった方がいました.ベンゾジアゼピン (BZ) 系睡眠薬が普及してから,このような問題がよく報告されるようになりました.日本救急医学会では,記憶の構成要素である記名,把持,追想の3要素すべてが障害され,一定期間の経験を追想することができない状態を健忘ととらえ,意識回復後のある期間を追想できない場合を前行性健忘と定義しています.一方,先の方のように服薬してから入眠するまでの記憶の欠如や,入眠してから何らかの理由で覚醒した場合の健忘,翌朝起きてから一定時間の行動をよく思い出せない,などの3種の健忘を前向性健忘 (前行性健忘) としてとらえ,村崎1),伊澤2)らは,BZの副作用の1つとして注意を喚起しています.
ではどうしてこのようなことが起きるのでしょうか.難治性てんかんの治療のために側頭葉切除術 (両側の海馬,扁桃体) を施行されたてんかん患者HM氏は,術前の記憶は比較的保たれているのに対し,術後の新しい出来事については終生記憶することができなくなりました3).BZ系睡眠薬は,海馬を中心に分布しているBZ受容体に結合して情動性の興奮を鎮め,抗不安作用,鎮静・催眠作用を引き起こすものです.海馬は,記憶回路の中心でもありますから,記憶機能も抑制してしまうのではないかと考えられています.代表的なBZ系睡眠薬としてのトリアゾラム (ハルシオン®) は力価が高く,当初高用量で使用されたこともあり,重大な報告が相次ぎましたが,超短時間型だけではなくどのタイプの睡眠薬も同じようなことがいえます.また,非BZ系睡眠薬でも同様の報告4)がありますので,睡眠薬は就寝する際に服用する,あるいはこのような健忘が出現した場合には減量後,別な薬剤に変更する,など工夫が必要です.アルコールとの併用による不適切な使用のためにこのような健忘がさらに増加する危険性があります.アルコールとの併用はやめましょう.
小川朝生,谷口充孝/編
定価 3,500円+税, 2013年2月発行
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