ビリルビンは過度に血中に存在すると,血液脳関門を通って,大脳灰白質の大脳基底核に沈着し核黄疸という中枢神経系の異常を起こします.一方で,新生児には新生児黄疸という生理学的な黄疸があることは知っていると思いますが,なぜ新生児は強い毒性をもつビリルビンをわざわざ増やす必要があるのでしょうか?
哺乳類は胎生期の間,胎盤を通して臍帯から酸素の供給が行われますが,この胎盤を通しての酸素分圧は依然低く,胎児はいわゆる低酸素状態にさらされています.それが産声と同時に肺呼吸に転換され,空気中の酸素を吸入すると,活性酸素が過度に産生され,酸化ストレスと呼ばれるさまざまな障害を引き起こします.特に,未熟児の網膜の血管は,酸化ストレスに対し感受性が強く,血管内皮細胞が障害されると未熟児網膜症という病態になります.
トロント小児病院のグループは,未熟児128名を検討し,血中ビリルビン濃度が9.4 mg/dL未満の小児では,それ以上の群より視野障害が有意に多かったという臨床データを報告しています1).同様にHeymanらはビリルビン濃度と未熟児網膜症の程度には負の相関があるという結果を報告しています2).つまり,われわれは,生まれてくるときの酸化ストレスから身を守るために,あえて毒性をもつビリルビンを増やしているのではないか,という仮説をたてることができます.
ビリルビンは,赤血球のヘモグロビンから体内で恒常的につくられ,哺乳類でのみみられます.両生類,爬虫類,鳥類では,卵の殻を介して大気から酸素を吸収するため,あらかじめ平衡になっており,出生の際にビリルビンを使って抗酸化作用を発揮する必要がないのかもしれません.
実験室で,ビリルビンが活性酸素を抑える力を測定すると,ビタミンCなど他の抗酸化剤に比べてはるかに強い抗酸化作用をもつことがわかりました.また,実験動物にビリルビンを投与すると,虚血再灌流障害などが軽減することも証明されています.
また,成人糖尿病患者においても,血中ビリルビンの値が高い方が,糖尿病性網膜症の発生率が低いことがわかっており,どうやら仮説のとおり,われわれはビリルビンを使って活性酸素による酸化ストレスを防御しているのだと思われます.
中国では6世紀以前から,ビリルビンを多く含むゴオウ(牛黄)や熊の胆という漢方薬が用いられており,鎮痙,鎮静,強心,解熱,解毒などに効果があるとされています.古代中国では,経験的にビリルビンに抗酸化作用があることがわかっていたのかもしれませんね.