私たちの腸管の中には,多くの種類の腸内細菌が存在しており,その絶妙なバランスにより,腸管の免疫系が適切に活性化されています.それには制御性T細胞やIgA抗体などさまざまなメカニズムがかかわっていることがわかっています.当然のことながら,正常な腸管内細菌叢が破壊されバランスが崩れると,さまざまな疾患の原因となってくるのはご存知のとおりです.
臨床でよく経験することに,Clostridium difficile感染症による偽膜性腸炎があります.抗菌薬治療により正常な腸管内細菌叢が破壊され,本来弱毒であるはずのC.difficileが粘膜表面に芽胞(偽膜)を形成し毒素を産生,激しい下痢症状を引き起こします.
C. difficileは薬物感受性も低く治療に難渋するケースが多々あります.治療法としてバンコマイシンやメトロニダゾールの内服,腸管洗浄が推奨されていますが再発率も高く60%にも及ぶと言われています.さらにバンコマイシンは薬価も高く奏効率も決して高くありません. 腸内細菌叢の乱れに対して,最も直接的な治療法として近年注目されているのが,荒廃した腸管内細菌叢に健常人の腸管内細菌を移植することにより正常な腸管機能を再獲得する方法,つまり,健常人である他人の便を患者の腸管内に投与する方法が試みられています.これまでに世界中で300人以上に臨床試験が行われ,最近の報告では,バンコマイシン投与群は奏効率が31%であったのに対し対象群は94%にまで上昇し,さらに再発率も6%に低下したとされています1,2).
しかし倫理的に他人の汚物を消化管内に投与することに抵抗を覚えるのは誰しも当然だと思いますし,別の感染症に感染する可能性だってもちろんあります.提供者には何度もスクリーニング検査を行いHIVなどの感染症を否定していますが,今後も安全性の検討は必須です.もちろん,患者には採取した汚物を洗浄し上澄み液のみをチューブを通じて投与するので,不快な思いをすることはありません.
同様に,Crohn病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患も,腸管内細菌叢のバランスの乱れが病態と深くかかわっていて,世界中で多くの臨床研究により他人の便からとった細菌を投与する治療の有効性が示されています3).
本邦でも,慶應義塾大学病院で,潰瘍性大腸炎の患者に親族の便を移す「便微生物移植」が試験的に行われていて,今後の報告が待たれます.このように,「健常人のうんこ」は健全な腸内細菌の宝庫であり,これを使った治療は,今後主流になっていく可能性があります.さまざまな薬剤が日々開発されては臨床応用されていますが,人間本来がもつ自浄作用に優る薬剤はないのかもしれません.