私は以前,当直明けで富士山に登り,頭痛と吐き気でせっかくのご来光を気分よくみられなかった苦い思い出があります.高山病(減圧症)を身をもって体験した一人です.
高山病は,英語ではaltitude sicknessというため,低圧による症状と誤解している人もいますが,原則は低酸素に続発して起こる症状です.高山病は重症になると,高地脳浮腫,高地肺水腫などを発症することもあり,意外と怖い病態です.私の脳には富士山の山頂で脳浮腫が起きていた可能性があります.高山病の治療は,もちろん下山が一番ですが,アセタゾラミド(商品名:ダイアモックス®)という利尿薬が,高山病の予防や治療に使われています.
ダイアモックス®は,炭酸脱水酵素を阻害することで機能する薬剤です.炭酸脱水酵素は簡単にいうと,二酸化炭素と炭酸水素イオンとを相互変換することで,血液やほかの組織の酸塩基平衡を維持し,組織から二酸化炭素を運び出す働きをしています.
体内でできた二酸化炭素はわずか20%がヘモグロビンと結合して運搬されるだけで,その多くはこの酵素によって炭酸(H2CO3)に変換され,血漿にとけると水素イオンと重炭酸イオンに変換されます.重炭酸イオンは,肺でまた二酸化炭素にもどり,呼気に放出されます.この酵素のおかげで二酸化炭素の運搬が大変スムーズに行われるのです.炭酸飲料が口に入った瞬間にシュワーとガスが抜けるのは,唾液に含まれるこの酵素が働いているからです.
重炭酸イオンが生成されることで,結果的に尿細管からのナトリウムイオン吸収を促進して水素イオンを尿中に排泄させることになります.なので,炭酸脱水酵素を阻害すると,水素イオンの尿中排泄を阻害しますので,ナトリウムイオンが再吸収されず利尿作用をもち,また尿がアルカリ性に傾くことによって血中の水素イオン濃度が上昇し血液pHは下がります.これが呼吸中枢を刺激して,換気量が増大するのです.
先に述べたように,高山病は低酸素に起因するので,ダイアモックス®の呼吸中枢刺激作用で酸素が多く取り込まれます.この作用で,例えば肺気腫で呼吸性アシドーシスが遷延する場合には,その治療薬として用いられます.このように,ダイアモックス®は,高山病により起きた肺水腫や脳浮腫を利尿作用をもって軽減させることが主な目的ではなく,呼吸中枢を刺激する作用に期待して使用されるのです.山岳救助隊員や,ヘリ救急隊員は,急速に高所に行く必要があり,実際にダイアモックス®を服用することがあります.
このほかにも,ダイアモックス®は毛様体上皮中に存在する炭酸脱水酵素の作用を抑制することによって房水の産生を減らして眼圧を低下します.また,中枢神経組織内に存在する炭酸脱水酵素を抑制し,脳のCO2濃度を局所的に増大させることによって,てんかんなど精神神経疾患の治療にも使われます.
治療薬の薬理作用を詳細に理解しておくと,適応とされる疾患がどんどん広がる可能性があることがおわかりいただけましたか?