最近,芸能人が乳がんの手術をしたことで,乳がんに注目が集まっています.私も外科医として研修している頃に実際に多くの乳がん患者さんの治療にあたった経験があり,女性が乳房を失うことがどれほど辛いことであるか目の当たりにしてきました.ところで,がんと放射線の関係は昔からいわれていますが,宇宙放射線に長時間曝露されるキャビンアテンダント(cabin attendant:以下CA)さんは乳がんが多いという都市伝説があります.今回はこれを検証してみましょう.
宇宙からの放射線は成層圏で減衰しますが,高度1万メートルでは比較的高い値を示し,飛行機はさまざまな工夫で防御しているにせよ,宇宙放射線を完全に防ぐことはできません.ニューヨークと東京の飛行機での往復は14時間かかりますが,この間に約0.2ミリシーベルトの放射線に曝露されます.CAさんが1年で曝露される線量は飛行経路にもよりますが,だいたい2〜6ミリシーベルトになります.一応,疫学的には年間100ミリシーベルト以下の被ばくでは発がんリスクに統計的な有意差は認められていませんので,この線量ではおそらく影響はないものと思われます.ちなみに,CAさんが曝露される宇宙放射線は中性子であり,地上のガンマ線とは異なります.
1966年から2005年までの医学論文を調べ,1万5千人以上の女性のCAさんの発がんについて調べた研究があります.これによると,CAさんの乳がん,白血病,脳腫瘍の発生率は一般の人と変わらなかったそうですが,唯一皮膚がんである悪性黒色腫は有意に多かったと報告されており,同じ結果が男性のパイロットでもみられています1,2).さらに,ノルウェーでパイロット,またはCAさんへの宇宙線の影響を調べるために,2,000人以上のCAさんの妊娠・出産について調べられていますが,妊娠・出産の1年前まで乗務をしていても出産,胎児や新生児へのリスクは増加しなかったそうです3).
悪性黒色腫など皮膚がんがCAさんやパイロットに多いのは,彼らは休暇にビーチで日光を浴びることが多いからと説明されていますが,一方で,日本人のCAさんやパイロットには一人も悪性黒色腫の死亡例は報告されていないため,人種による差も大きいと思われます4).また,一般の人と比べてCAさんは未産婦が多いなど生殖や生活に関する背景に差があったりするため,一般人と比較して結論付けることは簡単ではないという考察がなされています.
不規則な睡眠でカップ麺をすするような生活をするわれわれ医療従事者と一般人と比較するのは困難であるように,ある職種の人たちを一般人と比べることはなかなか難しいことです.背後には巨大な航空業界からの圧力があって,危険だというデータを発表させないためだと疑った見方をする人もいますが,一応現在のところ医学雑誌に発表されているデータでは,CAさんが乗務によって乳がんのリスクが増加するというものはないようです.