羊土社では,初めて科研費を申請する研究者,慣れていない研究者へ向けて,科研費の概要・応募戦略の立て方・申請書の書き方などを解説した単行本『科研費獲得の方法とコツ』(現在は第7版)を刊行しています.
ここでは,常に変更している科研費の制度に関して,本書の内容から更新された情報を,著者の児島将康先生に「速報」として随時紹介していただきます.ぜひ定期的にチェックしてください.
科研費の公募では毎年いくつかの変更点があり,今年の公募〔つまり令和2年度(2020年度)科研費の公募〕においても5つの変更点が発表されている.
その変更点は,日本学術振興会のWEBサイトにはこう書いてある.
- ① より大規模な研究への若手研究者による挑戦を促進するため,「若手研究(2回目)」と「基盤研究(S・A・B)」との重複応募制限を緩和するとともに,「研究活動スタート支援」と他研究種目との重複受給制限を緩和します.
- ② より幅広い研究者層の挑戦を促進するため,「挑戦的研究(開拓)」と「基盤研究(B)」との重複応募,受給制限を緩和します.
- ③ 昨年度公募から,研究計画調書における「研究業績」欄を「応募者の研究遂行能力及び研究環境」欄に変更したことについて,変更の趣旨等が必ずしも十分に浸透しなかったことを踏まえ,「応募者の研究遂行能力及び研究環境」欄において,適切な研究業績を応募者が選択し記載することが可能であることなど,変更等の趣旨を改めて明確にします.
- ④ 従来の「新学術領域研究(研究領域提案型)」を発展的に見直し,「学術変革領域研究(A・B)」を創設します.当該種目の公募は,令和2(2020)年度予算政府案決定後の令和2(2020)年1月以降に開始する予定です.
- ⑤ 研究機関から提出される「体制整備等自己評価チェックリスト」及び「研究不正行為チェックリスト」について,提出の締切時期等を変更します.両チェックリストの提出がない研究機関に所属する研究者に対しては,交付決定を行いませんので,手続に遺漏のないよう御留意ください.
今回の変更に関して研究者にとって影響が大きいのは,重複制限の緩和と若手研究者の重点支援である.ともかくひとつずつ内容を見ていこう.
まず①では,下記の条件を満たす若手研究者が「若手研究」の2回目と「基盤研究(S・A・B)」とを重複して応募できるようになった.
その条件とは,応募時に若手研究の応募資格を満たす者であって
1.現在1回目の「若手研究」を受給している若手研究者で研究計画が最終年度の者
2.これまでに「若手研究」を1度受給している者
である.ただし「若手研究(2回目)」と「基盤研究(S・A・B)」の両方に採択された場合は「基盤研(S・A・B)」を優先することとなっている.これによって若手研究者が応募できる種目が増えるので,挑戦機会が拡大されている.
また「研究活動スタート支援」を受給しているものは,これまでは他種目に採択されたら「研究活動スタート支援」を中止しなければならなかった.それが両方とも受給可能となった.これによって「研究活動スタート支援」で採択されている研究テーマを,資金計画を変更することなく,そのまま継続できる.
②では「挑戦的研究(開拓)」と「基盤研究(B)」との重複応募が可能となった.従来は「基盤研究(B)」と重複して応募できる「挑戦的研究」は「挑戦的研究(萌芽)」だけだったので,これによっても応募できる種目が増えている.
③は昨年度の申請書フォーマットの一番大きな変更点であった「研究業績」欄を廃止して「応募者の研究遂行能力及び研究環境」欄へ変更したことに関して,留意事項が追加された.これは昨年度の変更によって「研究業績を書けなくなった」「研究業績を書かなくてもよくなった」と誤って認識され,変更の趣旨が十分に理解されていなかったことへの対応だ.
図1のように留意事項が書かれている〔基盤研究(C)の研究計画調書より抜粋〕.
昨年度の改訂でも公募要領を読むと,ただ単に論文リストを書くのではなく「本研究計画の実行可能性を説明する上で,その根拠となる文献等」を記載することになっていたが,誤解が多かったのだろう.申請者の研究遂行能力を示すには発表論文がまず第一であることは従来とは変わりがない.その上で,いかに研究計画の実行可能性を示すのか,申請者のアイデアが問われる部分だ.
この部分,拙著「科研費獲得の方法とコツ 第6版」では改訂に間に合わず,「速報」で一度紹介した(2018.09.03掲載)が,改めて図2に標準的な書き方の例をあげておく.
④は「新学術領域研究(研究領域提案型)」を発展的に見直したもので,「学術変革領域研究」と名前を変え,従来型の「学術変革領域研究(A)」と,45歳以下の研究者中心の「学術変革領域研究(B)」の2つの区分になる.注目点は「次代の学術の担い手となる研究者」が「45歳以下の研究者」と定義されていることだ.
「学術変革領域研究(A)」においては若手研究者の重点支援が以前にも増して明瞭で,【計画研究】は「次代の学術の担い手となる研究者」を複数含む構成にすることや,【公募研究】は半数程度が若手研究者(博士の学位を取得後8年未満または39歳以下の博士の学位未取得の者)から採択されることとなっている.
「学術変革領域研究(B)」は45歳以下の研究者が領域代表者を務める3〜4グループからなる研究領域で,公募研究はない.また計画研究には「次代の学術の担い手となる研究者」が複数含まれることとなっている.
⑤は研究機関に関するもので,「体制整備等自己評価チェックリスト」及び「研究不正行為チェックリスト」提出の締切時期が変更された.「体制整備等自己評価チェックリスト」は令和元年(2019年)12月2日(月曜日)までに,「研究不正行為チェックリスト」は令和元年(2019年)9月30日(月曜日)までに提出しなければならない.両チェックリストの提出がない研究機関に所属する研究者に対しては,交付決定されないので要注意だ.
さて,これらの改革は「若手研究者の挑戦機会の拡大」や「若手研究者への重点支援」を謳っており,若手研究者には有利な改革である.それに対して,われわれ中高年研究者(それは46歳以上の研究者)にはほとんど恩恵がなく,「中高年研究者は去れ」と言わんばかりの厳しい改革内容だ.
果たして今回の改革は本当に「若手研究者の挑戦機会の拡大」や「若手研究者への重点支援」になるのだろうか? 「若手研究者の挑戦機会の拡大」と言われているが,「挑戦」=「大型研究費獲得への挑戦」ではないだろう.「挑戦」は,未知の研究課題に対する挑戦であるべきはずで,より必要なものは「挑戦」することを許容する研究環境の整備であるはずだ.現在の国公立大学・研究機関での若手研究者の任期制や不安定なポストなどの問題を解決しないかぎり,挑戦する若手研究者自体が減っている現状では悲観的なことしか思い浮かばない.
また「学術変革領域研究」だが,ころころと名前を変えているだけ,と思うのは私だけだろうか? 「重点領域研究」→「特定領域研究」→「新学術領域研究」→「学術変革領域研究」と名前が変わったのと,内容が少し変化したくらいだ.
しかし愚痴ばかり言っても仕方がない.読者諸君が十分に応募計画を練って,より多くの方が採択されるように願っている.