感染症診療12の戦略
岸田直樹/著
■定価3,850円(本体3,500円+税10%) ■A5判 ■338頁 ■医学書院
突然だが,あなたは「名医になりたい」と思っているか? 私は,思っている.強く願っている.毎日「名医になりたい,名医になりたい」と唱えながら医者をやっている.理念が重い? そうかな,至って普通のことだと思う.どうせ医者をやるなら名医のほうがいいに決まっている……と思う.
では,そもそも「名医」とは何だろう.手先が器用とか知的体力に満ちているとか患者ウケがいいとか30代前半でアウディに乗っているとか米倉涼子と合コンしたことがあるとか,名医の条件(?)は山ほどあるけれど,私は診断に興味があるタイプの医者なので,以下の2つを特に意識する.
レアとコモン,この「両端」.
何年診断の場にいても,レアとコモンはそれぞれ質の違う努力を要求する.どちらかだけに強い医者は,いざというとき,頼りない.珍しい病気のことばかり勉強していて風邪への対処がおざなりな内科医は信用されないし,緊急時の手さばきがサクサク早いが血液疾患を見逃す外科医は後ろ指を指される.医業とは厳しい世界だ.私はできるだけ名医になりたい.
* * *
以上の文脈を読者諸氏と共有した上で申し上げる.『「風邪」の診かた』はとてもいい本である.タイトルはずばり風邪,すなわち広義にはコモン・ディジーズの本だが,コモンにかかりきりになってレアを見逃すことのないような構成になっていて,一挙両得感がある.両端を視野に入れている.個人の体験を押しつける徒弟制度っぽさはないが,現場の臨床知をおろそかにしないナラティブ性が感じられる.いいバランスである.もとよりベストセラーだから,今さら私がこのように激推ししなくても(売上げ的には)大丈夫な本だけれど,あまねく研修医は本書を通読すべきと信じて,この偏屈な企画の第11回お題本に取り上げる.
折も折,「風邪」はかつてないほどに国民の興味を集めてやまない.タイミング的にもぴったりだ.今こそ風邪に詳しくなり,風邪以外にも鋭くなろう.あなたも名医になりたいでしょう?
さあ,今回の「勝手に索引」を見て頂こう.Webでは完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.
さっそくドキッとするような項目だ.「ピットフォールはありません」.例外ばかりの医学において,落とし穴がない原則を目にする機会はまずない.医学書の著者は誰もが,あらぬ方向から飛んでくる石から身を守るために,「原則○○はない」とか「基本的に△△であることが多い」などと,断定を避けて,確率で表記する.だからこそ輝く,「ピットフォールはありません」の文字.通読していて胸がスッとする瞬間だ.これは何に対して書かれた言葉かというと…….
つまりは「風邪を風邪と診断するノウハウ」についての一文である.えっ,ピットフォールないの……と喜ぶが,よくよく読むと,なかなかキワい制限がかかっていることに気づく.3症状,急性,同時期,同程度,思ったより間口狭いよね.それでもなお,数多く巡り会うのが風邪というコモン・ディジーズだ.なるほどこうやって整頓するわけか.
第1章はまるまる,風邪(コモン)を風邪(コモン)と診断するためのコツについて語られる.この,「まずは風邪をビシッと診断し切ることからはじめよう」という姿勢は一周回ってとても新鮮に映る.風邪と思ったら風邪でした,というテーマはまっすぐ過ぎて,講演会でも書籍でも語られにくい気がする.風邪かと思ったら風邪じゃなかった,的なレアケースの方がよく目にするよね.
ていうか,こういうコモン中のコモンに対する診療こそ,医学部時代にしっかり習っておくべきだよね.ったく大学はよォ,珍しい病気ばっかり覚えさせやがってよォ.
田舎の病理医の愚痴を尻目に本書は加速する.第2章はその名も「風邪に紛れた風邪以外を診断するノウハウ」.さあ,コモンからレアへの橋渡しがはじまるぞ.ゾクゾクしてくる(風邪か?).
岸田先生は,悪寒戦慄かそうでないかの区別に全身全霊を注げと命ずる.風邪の本で,敗血症の拾い上げに紙幅を割くということ.「風邪を勉強しているなかで菌血症を伴う敗血症に敏感になる」というコンテクスト.コモンをおろそかにせずにレアに敏感になれということ.患者がshakingしていたら,まず主治医がshakingしなさい.
発熱プラス頭痛の型でやってくる患者のうち,“気道症状がはっきりあって,発熱に伴って出現する(もしくは増強する)”頭痛ならばあまり気にする必要はないのだが,髄膜炎は見逃すわけにはいかない.というか髄膜炎はそもそもレアではなくてコモンか…….
岸田先生の結論はこうだ.「髄膜炎を見逃さない一番のコツは,腰椎穿刺の閾値をいかに下げるか以外にはないのです」.ぐぐっと引き込まれて細かい解説を読む.「腰椎穿刺」だけで医学書を検索する研修医がどれだけいるかはわからない(手技ならネットに落ちている).しかし,「腰椎穿刺を気軽に考慮すべきと考える人の気持ち」ならば読みたい研修医は多いのではないか.
コモンをコモンと見抜く力(第1章)と,コモンからレアを分離する力(第2章),それぞれを順番に鍛えながら本書は進んでいく.このまま,コモンとレアで終わるのだとばかり思っていると,本書はさらに見せ場を用意する.第3章のタイトルは「高齢者の“風邪診療”から生まれる新しい時代の! 感染症診療“12”の戦略」.Short running titleならば「高齢者の風邪」.なるほど,そこに進んでいくのか!
高齢者の風邪ではコモン・レアの分類が乱れる.「型破りなコモン」がここにある.ここで完全索引の「高齢者」の項目を丁寧に読んでみてほしい.濃いぞ.
令和のレジデントは,「高齢者は典型像を呈さない」という言葉をいくつの科で何度聞くのだろう.あまりに耳にしすぎて飽きてしまっているかもしれない.でも,「どう呈さないのか」「代わりにどう呈するのか」をきちんとまとめた本を,あらためて探そうと思うとそれなりに苦労する.そのような背景から語るに,盟友・大浦誠先生の『終末期の肺炎』1)(南山堂.通称「寿司本」)や,丸善出版の「高齢者のためのシリーズ」2〜5),そして本書『「風邪」の診かた』は令和必須の医学書である.コモンであってもエルダリーは手強い.
そして忘れてはいけないのが処方に対する目配りだ.コモン・ディジーズがレア・ディジーズと比べてもなお奥深いと感じるのは,診断はもちろんだがとりわけ「処方」や「次回の外来設定」の部分だと思う.診断して終わりではない,というかそこからがはじまりなのだ.漢方をも見据えてきちんと処方について語られている第4章の重要性が光る.
総合診療科や家庭医を志す方々は,すでに「日常診療の一部は漢方が便利だ」と気づいて専門書を探しているだろう.ただ,「正直ここまであんまり漢方の勉強はしてこなかった」という方には,本書『「風邪」の診かた』や,『オニマツ現る! ぶった斬りダメ処方せん』6)(金原出版)あたりから雰囲気を探るというのがけっこうおすすめである.あー,(勝手に)索引作りたい本がどんどん増えていくなあ…….