突然だが,あなたは「名医になりたい」と思っているか? 私は,思っている.強く願っている.毎日「名医になりたい,名医になりたい」と唱えながら医者をやっている.理念が重い? そうかな,至って普通のことだと思う.どうせ医者をやるなら名医のほうがいいに決まっている……と思う.
では,そもそも「名医」とは何だろう.手先が器用とか知的体力に満ちているとか患者ウケがいいとか30代前半でアウディに乗っているとか米倉涼子と合コンしたことがあるとか,名医の条件(?)は山ほどあるけれど,私は診断に興味があるタイプの医者なので,以下の2つを特に意識する.
レアとコモン,この「両端」.
何年診断の場にいても,レアとコモンはそれぞれ質の違う努力を要求する.どちらかだけに強い医者は,いざというとき,頼りない.珍しい病気のことばかり勉強していて風邪への対処がおざなりな内科医は信用されないし,緊急時の手さばきがサクサク早いが血液疾患を見逃す外科医は後ろ指を指される.医業とは厳しい世界だ.私はできるだけ名医になりたい.
* * *
以上の文脈を読者諸氏と共有した上で申し上げる.『「風邪」の診かた』はとてもいい本である.タイトルはずばり風邪,すなわち広義にはコモン・ディジーズの本だが,コモンにかかりきりになってレアを見逃すことのないような構成になっていて,一挙両得感がある.両端を視野に入れている.個人の体験を押しつける徒弟制度っぽさはないが,現場の臨床知をおろそかにしないナラティブ性が感じられる.いいバランスである.もとよりベストセラーだから,今さら私がこのように激推ししなくても(売上げ的には)大丈夫な本だけれど,あまねく研修医は本書を通読すべきと信じて,この偏屈な企画の第11回お題本に取り上げる.
折も折,「風邪」はかつてないほどに国民の興味を集めてやまない.タイミング的にもぴったりだ.今こそ風邪に詳しくなり,風邪以外にも鋭くなろう.あなたも名医になりたいでしょう?
さあ,今回の「勝手に索引」を見て頂こう.Webでは完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.
読み | 項目 | サブ項目 | ページ |
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ぱるぼう | パルボウイルス感染症 | 外来診療に紛れている魅惑のパルボウイルス感染症 | 145 |
成人のパルボウイルス感染症を疑うコツ | 147 | ||
ぱるぼと | パルボと風疹 | 129 | |
びじゅう | 「鼻汁>咳,咽頭痛」となる場合 | 17 | |
ぴっとふ | ピットフォールはありません | 10 | |
びねつけ | 微熱+倦怠感型 | 95 |
さっそくドキッとするような項目だ.「ピットフォールはありません」.例外ばかりの医学において,落とし穴がない原則を目にする機会はまずない.医学書の著者は誰もが,あらぬ方向から飛んでくる石から身を守るために,「原則○○はない」とか「基本的に△△であることが多い」などと,断定を避けて,確率で表記する.だからこそ輝く,「ピットフォールはありません」の文字.通読していて胸がスッとする瞬間だ.これは何に対して書かれた言葉かというと…….
つまりは「風邪を風邪と診断するノウハウ」についての一文である.えっ,ピットフォールないの……と喜ぶが,よくよく読むと,なかなかキワい制限がかかっていることに気づく.3症状,急性,同時期,同程度,思ったより間口狭いよね.それでもなお,数多く巡り会うのが風邪というコモン・ディジーズだ.なるほどこうやって整頓するわけか.
第1章はまるまる,風邪(コモン)を風邪(コモン)と診断するためのコツについて語られる.この,「まずは風邪をビシッと診断し切ることからはじめよう」という姿勢は一周回ってとても新鮮に映る.風邪と思ったら風邪でした,というテーマはまっすぐ過ぎて,講演会でも書籍でも語られにくい気がする.風邪かと思ったら風邪じゃなかった,的なレアケースの方がよく目にするよね.
ていうか,こういうコモン中のコモンに対する診療こそ,医学部時代にしっかり習っておくべきだよね.ったく大学はよォ,珍しい病気ばっかり覚えさせやがってよォ.
田舎の病理医の愚痴を尻目に本書は加速する.第2章はその名も「風邪に紛れた風邪以外を診断するノウハウ」.さあ,コモンからレアへの橋渡しがはじまるぞ.ゾクゾクしてくる(風邪か?).
読み | 項目 | サブ項目 | ページ |
---|---|---|---|
かてーて | カテーテル関連血流感染症(CRBSI) | カテーテル関連血流感染症(CRBSI) | 88 |
CRBSIは今は外来で起こる時代(積極的な外来化学療法など) | 88 | ||
他院で化学療法を行っている患者さんのポートの存在を見逃す | 88 | ||
かへきの | 下壁の心筋梗塞は嘔気・嘔吐も伴いやすい | 124 | |
からだが | 体が震えて止まらない | 77 | |
かれいせ | 加齢性変化部位=人工物 | 212 | |
かんじゃ | 患者さんがshakingしていたら,まず主治医がshakingしなさい | 78 | |
かんじゃ | 患者さんにやる前にまず自分にやってみたら? | 223 | |
かんせつ | 関節液の細胞数が50,000/μL以上であれば治療開始としたことを咎めることはできないでしょう | 131 |
岸田先生は,悪寒戦慄かそうでないかの区別に全身全霊を注げと命ずる.風邪の本で,敗血症の拾い上げに紙幅を割くということ.「風邪を勉強しているなかで菌血症を伴う敗血症に敏感になる」というコンテクスト.コモンをおろそかにせずにレアに敏感になれということ.患者がshakingしていたら,まず主治医がshakingしなさい.
読み | 項目 | サブ項目 | ページ |
---|---|---|---|
もうふを | 毛布を何枚かかぶりたくなる | 77 | |
もっとも | 最も大切なことは「患者さんの脱水の程度はどうか」 | 118 | |
もっとも | 最も見逃してはいけない急性疾患は「化膿性関節炎」で,原則は単関節炎です(約90%) | 131 | |
ゆびわが | 指輪がきつくなった | 145 | |
ようつい | 腰椎穿刺は背中からの採血! | 109 | |
りうまち | リウマチ性多発筋痛症 | リウマチ性多発筋痛症(polymyalgia rheumatica:PMR)は思っている以上に急性発症です(発症の日にちが言えるのが特徴) | 99 |
リウマチ性多発筋痛症 | 117 | ||
りんきん | 淋菌性をより強く疑うポイントとしては,きわめて痛みの強い移動性の多関節炎で,皮疹を伴う場合 | 132 |
発熱プラス頭痛の型でやってくる患者のうち,“気道症状がはっきりあって,発熱に伴って出現する(もしくは増強する)”頭痛ならばあまり気にする必要はないのだが,髄膜炎は見逃すわけにはいかない.というか髄膜炎はそもそもレアではなくてコモンか…….
岸田先生の結論はこうだ.「髄膜炎を見逃さない一番のコツは,腰椎穿刺の閾値をいかに下げるか以外にはないのです」.ぐぐっと引き込まれて細かい解説を読む.「腰椎穿刺」だけで医学書を検索する研修医がどれだけいるかはわからない(手技ならネットに落ちている).しかし,「腰椎穿刺を気軽に考慮すべきと考える人の気持ち」ならば読みたい研修医は多いのではないか.
コモンをコモンと見抜く力(第1章)と,コモンからレアを分離する力(第2章),それぞれを順番に鍛えながら本書は進んでいく.このまま,コモンとレアで終わるのだとばかり思っていると,本書はさらに見せ場を用意する.第3章のタイトルは「高齢者の“風邪診療”から生まれる新しい時代の! 感染症診療“12”の戦略」.Short running titleならば「高齢者の風邪」.なるほど,そこに進んでいくのか!
高齢者の風邪ではコモン・レアの分類が乱れる.「型破りなコモン」がここにある.ここで完全索引の「高齢者」の項目を丁寧に読んでみてほしい.濃いぞ.
読み | 項目 | サブ項目 | ページ |
---|---|---|---|
こうれい | 高齢者 | 高齢者の急性の発熱・炎症所見チェックリスト | xviii |
高齢者は補液のしすぎで痰に溺れることがある | 56 | ||
高齢者の突然発症の嘔吐(下痢なし)を安易に胃腸炎としない | 124 | ||
高齢者の多関節炎の鑑別 | 132 | ||
高齢者の多関節炎にもかかわらず細菌性のことがあります | 133 | ||
高齢者の「発熱+頸部痛型」といえばcrowned dens syndrome | 161 | ||
高齢者はこれまでのウイルス曝露歴が豊富ですので,それだけ実際に多くの免疫を獲得していますし,似たウイルスの曝露では症状が軽くなりやすい | 179 | ||
鼻症状がメインで鼻汁を垂らした高齢者に意外に出会わない | 182 | ||
高齢者の鼻汁は薬剤性(rhinitis medicamentosa)では? | 183 | ||
高齢者に抗ヒスタミン薬を処方する場合も,ふらつきや尿閉を常に考え | 184 | ||
高齢者の肺に“慢性肺臓病”あり | 191 | ||
高齢者では明確な肺の基礎疾患が指摘されていないのに細菌性気管支炎としか思えない患者さんにも出会います | 191 | ||
高齢者の咳症状メイン型では非高齢者の数倍抗菌薬による肺炎予防効果はある(40人に1人くらいは肺炎かも) | 193 | ||
高齢者ではあらゆる疾患の初期症状として嘔吐があってもよいという気持ちで検索する | 201 | ||
高齢者の風邪は“Atypical is typical(非典型こそ典型)” | 209 | ||
高齢者の急な発熱・炎症所見チェックリスト | 210 | ||
高齢者の感染症Big 3が肺炎・尿路感染症・胆道系感染症 | 212 | ||
高齢者では無症候性細菌尿というフェイク | 223 | ||
高齢者は薬剤耐性菌のすみかに | 224 | ||
高齢者では積極的な内服へのスイッチが患者さんのためになることを日々実感します.ただし | 232 | ||
高齢者の長期抗菌薬治療が必要な感染症 | 236 | ||
高齢者の重症感染症時は浮腫により末梢ルートがとりにくい | 248 | ||
高齢者で考慮すべき簡易懸濁法 | 252 | ||
なぜ高齢者の喀痰に大腸菌や腸球菌など便(腸内細菌叢)を想像させる微生物が生えてくるのか? | 263 | ||
高齢者の感染症は赤ちゃん返り | 265 | ||
高齢者の発熱+意識障害で,肝硬変がないのに高アンモニア血症をみたら,それは尿路感染症 | 265 | ||
高齢者のアエロコッカス属の菌血症は尿路感染症 | 265 | ||
高齢者に使用すると,めまい・ふらつきを起こし,転倒の原因となることがある | 274 |
令和のレジデントは,「高齢者は典型像を呈さない」という言葉をいくつの科で何度聞くのだろう.あまりに耳にしすぎて飽きてしまっているかもしれない.でも,「どう呈さないのか」「代わりにどう呈するのか」をきちんとまとめた本を,あらためて探そうと思うとそれなりに苦労する.そのような背景から語るに,盟友・大浦誠先生の『終末期の肺炎』1)(南山堂.通称「寿司本」)や,丸善出版の「高齢者のためのシリーズ」2〜5),そして本書『「風邪」の診かた』は令和必須の医学書である.コモンであってもエルダリーは手強い.
読み | 項目 | サブ項目 | ページ |
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かんぴろ | カンピロバクター | 「昨夜は悪寒戦慄あり,今朝からちょっと軟便(もしくは軽度腹痛)」と言われた場合は,カンピロバクターかも知れない | 88 |
カンピロバクター腸炎は初期は消化器症状を伴わない高熱のみで受診することがあります | 120 | ||
かんぽう | 漢方薬 | 半夏厚朴湯トライアル | 44 |
漢方薬を処方する際の全般的なコツ | 44 | ||
とってもよい薬があります | 44 | ||
麻黄湯などの漢方薬を抗インフルエンザ薬の代わりに処方する | 285 | ||
甘草(偽性アルドステロン症の原因)は漢方医学的には胃薬なので,有名どころの漢方薬にはほぼ入っている | 299 | ||
とってもいい薬があるんですよ | 299 | ||
漢方医学がよい適応となるもの | 299 | ||
この程度の処方でも漢方薬の素晴らしさは実感できます | 301 | ||
きくちび | 菊池病 | 菊池病かどうか | 53 |
「菊池病っぽい」と考える時 | 154 | ||
菊池病は,若い(20代くらい)患者で,自発痛・圧痛を伴う隆々とした局所頸部リンパ節腫脹を認め(図1),かつ咽頭痛(嚥下時痛)は原則として認めません | 154 |
そして忘れてはいけないのが処方に対する目配りだ.コモン・ディジーズがレア・ディジーズと比べてもなお奥深いと感じるのは,診断はもちろんだがとりわけ「処方」や「次回の外来設定」の部分だと思う.診断して終わりではない,というかそこからがはじまりなのだ.漢方をも見据えてきちんと処方について語られている第4章の重要性が光る.
総合診療科や家庭医を志す方々は,すでに「日常診療の一部は漢方が便利だ」と気づいて専門書を探しているだろう.ただ,「正直ここまであんまり漢方の勉強はしてこなかった」という方には,本書『「風邪」の診かた』や,『オニマツ現る! ぶった斬りダメ処方せん』6)(金原出版)あたりから雰囲気を探るというのがけっこうおすすめである.あー,(勝手に)索引作りたい本がどんどん増えていくなあ…….