あなたの臨床を変える! 病理標本の読み方
小島伊織/著
■定価3,960円(本体3,600円+税10%) ■A5判 ■206頁 ■医学書院
読者諸氏がさほど興味をもたなそうな話で幕を開けよう.私は病理医である.その中でも,市中病院で患者から採取された検体を病理組織診断する,いわゆる「病理診断医」と呼ばれる仕事をしている.
専門医資格を有している病理医は,日本全国に2,620人(2020年11月2日現在)1).私がこの世界に入ったころは2,000人ちょっとだった.上がなかなか引退s……日本病理学会のリクルート戦略が功を奏して,順調に仲間が増えている.集中治療専門医や感染症専門医より多いので,今や「レアな医者」という称号は返上しよう.わはは.俺たちはマジョリティだあ!
……とはならない.やっぱり病理医は少数派である.医師の総数を33万人とすればたったの0.7%.外科専門医なんて23,000人以上いるからなあ.
さて,今名前をあげた集中治療専門医,感染症専門医,病理専門医には,「少ない」以外にもある共通点が存在する.おわかりだろうか?
――答えは,「職務内容が領域横断的である」ということ.
近年,メジャーな科が着々と臓器ごとの専門分野に細分化されていく一方で,今あげた三科は,複数の領域からコンサルトを受ける.技術はスペシャルなくせに働きっぷりはジェネラル.ICUには心臓病も代謝・内分泌疾患もやってくるし,感染症外来では尿路感染症もマダニもカバーするし,病理検査室には白血病の骨髄生検からクローン病の回盲部切除検体までやってくる.
だからこそ……と,やや強引に書籍の話に接続しよう.コンサルタント型の専門医が書いた本は,若手が読んでも役に立つ良書が多い(私見).複数の臓器,複数の臨床医を相手に日々奮闘している科のドクターは,他科の医師が読んで唸るような文章を書くのがうまいと感じる.『集中治療,ここだけの話』(医学書院)2)とか,『プロの対話から学ぶ感染症』(MEDSi)3)とか,現場の経験を鋭く伝え,読み物的に勘所を押さえてくれる,いわゆるメジャー科からはあまり出版されていないタイプの書籍に,これぞとおすすめできる良本がキラ星の如く並ぶ.
はっきり言うぞ.コンサルタント型マイナー科の本はおもしろい.筆力があるニッチな専門医から目を離すな.
* * *
前置きがいつも以上に長くなったところで本日のお題本を紹介しよう.レア・ドクターの一翼を担う病理専門医による『スパルタ病理塾』だ.副題に「あなたの臨床を変える!」とあるように,これは臨床医向けの,そして研修医向けの本である.「病理の本なんて病理医しか読まないでしょ」なんて,かつての私も考えていたが,違うのだ.コンサルタントが書いた本なのだから,コンサルトを頼む方が読むべきだし,読んで面白い.安心しておすすめできる.
さあ今回の「勝手に索引」を見て頂こう.Webでは完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.
笑顔がさわやか小島伊織先生の書いた本書は,病理の組織所見に色彩と声色を与える.陰窩がねじれているというのはどういうことなのか? 核の形が変わるというのは何を意味しているのか? 取扱い規約にも,分厚い成書にも,意外と書かれていないけれど,臨床医が内心つぶやいている疑問.「なんでそう見えるの?」.因果,カスケード,ストーリー.これに答えてくれるのが通読型の医学書である.本連載でも何度も確認してきたことだ.
「紅色なのは血流が豊富なため」は,病理所見を臨床的な肉眼所見と「橋渡し」する説明である.一方で,「細胞分裂に備えてDNAの複製や遺伝子の転写を盛んに行うことが核腫大という所見と関連している」は,病理所見を基礎医学と「橋渡し」する説明だ.淡路島から兵庫方面にも徳島方面にも橋が架かっているイメージ.すなわち,病理医は神戸淡路鳴門自動車道なのである.トランスレーショナルリサーチの中継点にいる.
熱心な臨床医は,自分で顕微鏡を覗きたがる.「なぜそういう診断が(他科の医師によって)下されたのか」を,自分でも把握して理解したいと感じるのだろう.患者から採取した検体が,病理検査室でプレパラートになったタイミングを見計らって,昼に病理医に電話してアポをとり,夜になると病理検査室に忍び込んで(※堂々と入って来てください),集合顕微鏡のあたりで何やらがんばって細胞を見ようと奮闘している.本書からは,そのような熱心な臨床医(のタマゴ)に併走する気概が感じられる.「弱拡大から強拡大へと順番に見ていくとストーリーがわかりやすい」と教えてくれるなんてかなり上質のメンターである.「腫瘍らしさってなんですか?」みたいなふわっとした質問に対する答えをきちんと用意しているところも好感度が高い.
ところで,世の中にはこれとは逆に,病理で行われている仕事に一切興味がなく,便利なブラックボックスの1つ,くらいにしか考えていなくて,「病理医が癌って言えば癌じゃん,それで臨床医にとっては十分だよ」というスタンスのドクターもいる.病理診断がどういう組織所見に依拠しているかなんて知らなくていい,要は,文字で結果だけもらえればいい,それで自分の診療は成り立つ,と信じているタイプの医者.
まあ……そういう医者は……得てして各種の検査に対する理解が浅く,通り一遍のパターン認識で診療をドライブしており,脳を使わず脊髄反射だけで日々やりくりしているから,不慮の事態に対応できず,非典型例に対処できず,というかパターンから外れた症例があること自体にそもそも気づけず,検査の尤度比も理解していないし,臨床推論の立て方も甘いので,知らず知らずのうちに周りからも一目奪われている(一目置かれているの逆ってこれでいいの?).なおこれでもだいぶマイルドに述べたつもりだ.慢性疾患の患者がいつの間にか外来に来なくなる医者.高齢者の心筋梗塞を毎月見逃す医者.膠原病を一度も見たことがないという頻度的にあり得ないことを言う医者.外科紹介タイミングがいつも半日遅い医者.こういう医者に限って「放射線と病理と薬剤師はAIでいいよね」と発言して私たちを失笑させる.診療行為の妥当性を複数の線から検証する必要性に実務の中で気づけていない.令和で医師をやるにしては,脳のスペックが足りていない.
そうなると困るのは患者だ.サポートできたはずの患者の人生が知らぬ間に欠損する.医師免許を行使する診療行為をDPCの項目に沿って処方するだけの流れ作業と勘違いしている医者こそAIに置換されてほしいと強く願う.
少なくとも,私がこれまで一緒に働いてきた,患者に愛されスタッフに愛され医学に愛された医師たちは,「ここだけ見てくれたらあとはいいから」みたいなことを病理医に言わない.どれだけ多忙であっても,「なぜ?」をおろそかにしない.あ,札幌厚生病院は素晴らしい病院です.
もちろん,野戦現場のフロントライン(最前線)は多忙であるから,専門医同士がコミュニケーションしている暇もなくなって,「あとはそっちでやっといて」「ここからはこっちでやっとくから」といったセリフが飛び交うことはある意味やむを得ない.しかし,わりと強めに警告しておくと,その断絶が患者の何かを取りこぼすことがある.「あなたのその専門性は素晴らしいですね,もちろん付け焼き刃で真似できるものではないとわかっていますが,意図だけでも教えてください」の姿勢を,私はいくつになっても失いたくないと思っている.
閑話休題.
コンサルタントに対する素朴な疑問に丁寧に寄り添う本書をお手元に.依頼箋(依頼書)の書き方は誰もが知っておきたい.1つ上の項目もいい,「どのように検体を採取すると,病理で確定診断しやすいですか?」こんなことを尋ねてくれる臨床医と働きたいものだ.一方で,「病理診断の記載の歯切れが悪いのですが,どういうことですか?」にはドキッとさせられる.がんばろう.
……ぱるぱぶる・ぱーぴゅらを10回言うのはやりませんでした.すみません.2回で勘弁してください.