藤原崇志/編著
■定価5,280円(本体4,800円+税10%) ■A5判 ■228頁 ■中外医学社
「いい本だなあ,みんな読めばいいのに!」
というのが初読時の感想.中外医学社のシャレオツすべすべ表紙を撫でながら,興奮した心を落ち着かせる.いい本を読むと気持ちが盛り上がるが,その分,筆致が走ってしまいがちなので,原稿を書く前には冷静に,冷静に.
心を静めた上で,おだやかに述べる.私は,この本の売り方に不満がある(笑).
何も知らずに本書の表紙を目にした研修医は,果たして「自分が読むべき本」と感じるだろうか? そこが心配なのだ.
タイトルに「耳鼻咽喉科」という文字列が含まれているので,書店ではきっと耳鼻科の専門棚のところに並べられているだろう.ネット書店のおすすめ機能でも,耳鼻科関連で表示されることが多い.ためしにAmazonで本書の分類を見てみたら,やっぱり「耳鼻咽喉科学」であった.いや,それが悪いことだとは言わないよ.耳鼻咽喉科に興味がある皆様のために,きちんと売って届けるのはいいことです.ただし,「耳鼻咽喉科というスペシャリティの枠内」で読まれている限り,発行部数は耳鼻咽喉科の専門医数が目安.たいして多くはない.それはもったいないと思う.
私が思うに,本書はもっと対象読者が多い本だ.耳鼻咽喉科医の数以上に,幅広く読まれていい本.あえて分類し直すなら,「ジェネラリスト向け」.書店では総合診療医の棚や,研修医フェアの棚に置かれてしかるべきだ.つまり研修医の必読本なのである.
その理由を説明するためにも,さっそく,今回の「勝手に索引」を見ていただこう.Webでは完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.
ほら見てこれ見て.「急に」のオンパレード.急に喉が痛くなった,耳が痛くなった,聞こえなくなった,めまいがします.これらは確かに,耳鼻科案件と言えば耳鼻科案件なんだけど,実際には,一般外来の頻出ワードではないか.ジェネラルだなあ.
「顔が動かないのですが」なんて患者が夜中の外来にやって来たらぎょっとする.首から上の症状ってハラハラする.整形? 脳外? CT撮って紹介? と浮き足立ちたくなるところだけれど,そうか,耳鼻咽喉科的な観点で,こんなに確認できるものなのか.
「外耳道に液体をいれてまずは殺す」.アサシンのようなフレーズだがこれは皆さんのご想像の通り,耳の中に虫が入ったときの外来処置,第一手である.地方病院で当直する前にぜひ読んでおきたい. ね,本書がいかに研修医向けであるか,「勝手に索引」をチラ見しただけでもだいぶ伝わるだろう(興味があったらウェブで私の作った索引を全部見てみるといい). ここで,超・基本的な解説をしておこう.レジデントノートのコア読者の皆様からすると「何を今さら……」という話かもしれないけれど,本連載は後日ウェブにも掲載され,多くの一般の方々にも読まれるところとなるから,基礎から書いておいてもバチは当たるまい.
耳鼻咽喉科は耳と鼻とノドを診る科,ということになっているが,首から上に症状が出たら,それが眼球でない限り,ほとんどは初手に耳鼻咽喉科が担当しても差し支えない.かつて,『人は話し方が9割』的な自己啓発本があったが,『顔は耳鼻科が9割』というタイトルの本を出しても売れると思う.眼科や皮膚科や脳神経内科に怒られそうなことを言ったけれど,とりあえず顔のあたりが調子悪いなーと思ったら,窓口として耳鼻咽喉科を選択することは間違っていない.「えっ,脳出血とか心配じゃん」というツッコミはわかるが,ここで言いたいのは,医療者による厳密な分類ではなくて,
という姿勢の話である.
でも,このことは意外と……非医療者はもちろんだが,医療者の間でも知られていない.だからこそ,本書には「ジェネラリストのための」という副題が付いているのだろう.耳鼻科が一流のジェネラリストであることくらい知ってたよ,という研修医諸君もいるだろうが,できれば「書店で耳鼻科の棚に良書を探しに行ったことがある人」だけが石を投げていただきたい.痛っ.なんだ1個か…….
* * *
編著者である耳鼻咽喉科医・藤原先生は,本書を編む際に極めて実践的な判断をされている.目次が,疾病ごとに割り振られているのではなく,「患者の主訴ごと」に章分けされているのだ.
鼻血が止まらない,顔面をぶつけた,耳鳴りがする,子どもが中耳炎をくり返す.ジェネラル・オブ・ジェネラル.アレルギー,口内炎,本当に幅広い.
私は大喜びして,これらの目次項目をぜんぶ「勝手に索引エクセルシート」にぶち込んだ.ナラティブを感じる索引項目が好きです.
……余談だが,索引項目から「目次の項目」を省いてしまう教科書があるけれど,あれはよくないと思う.A病は絶対にこの本に載っているはずなのに,索引の中に見当たらない……と
思ったら目次に項目があった,みたいなことがたまにある.とても萎える.「索引派」の読者の気持ちになってほしい.閑話休題.
くり返しになるが,「耳鼻科の本かあ……」,と思って表紙をめくらずにきびすを返してしまった研修医がどれだけいただろうと気にかかる本である.パラッと目次までたどり着きさえしてくれれば,きっと,「あれ?耳鼻科っていうか,救急外来や一般内科外来に普通に役立つ本じゃん!」と,印象がまるで変わっただろうなあ.
さて,ここまで本書のジェネラルさを賞賛してきたが,本書に耳鼻咽喉科医のスペシャリティを語った場面がぜんぜんないのかというと,もちろんそんなことはない.
「勝手に索引」を作っていてシビれるのはこのあたりだ.「耳鼻科医がどんなことを考えながら気管切開を行うのか」なんて,これはもう,絶対に索引に入れるべきだろうと確信してマーカーを塗った.気管切開は,数ある研修手技の中でも一二を争うほどの「テレビ映えする(けど直接は映せない)技術」であり,これができないと飛行機の中で患者を救えません的プレッシャーをビンビンに感じる.しかし,気管切開は専門医から見て本当はどういう手技なのかを文章のかたちでしっかり読んだ記憶は意外と少ない.超緊急時以外の気管切開の適応をしっかり覚えているか?カニューレを入れたあとのトラブルについてまとめて勉強したことがあるか?
また,その項目のすぐ下に,「自分の声が響く」や「耳鳴」といった,何年医者をやっていてもこんな訴えで患者がやってくるとウッと怯んでしまいそうな項目が,「じ」つながりだというだけで並んでいるのもポイントが高い.
最後に,本書に書かれている「とある医術」の美しさについても触れておこう.
「一度薬をやめてみるのはどうでしょう」のくだりは,慢性的なめまいを訴える患者に対して,早めに休薬という選択肢を提示するときのコツを語る場面で登場する.濃厚な外来感覚がページから香ってくる.手技や処置を覚えるのとは別に,「患者とどのようにコミュニケーションしていくか」を学べる本は,すごくいい.個人的にとても好みだ.本連載でも幾度となく取り上げてきた.
「有効な薬物治療がほとんどない→から→患者に病態を説明してQOLを上げる」という,いわゆる「口頭による処方」.これぞ,医術だよなあ.
ああーいい本だ.買いなよ.買って私の作った索引を読んで膝を打ちなよ.座学で現場に血を通わせることは,脳で働く我々医師の醍醐味だと思うよ.