讃岐美智義/編著
■定価3,190円(本体2,900円+税10%) ■A5判 ■280頁 ■学研メディカル秀潤社
麻酔科の本である.本の帯には誇らしげに「重版出来!」の文字が踊る.えっ,麻酔科の本が重版するの,すごいな.マジか.いいな.病理の本も重版しないかな.
というわけで,今日のはだいぶ売れ筋の本である.もう売れているのだから,容赦はしない(笑).今日はとことん正直に書こう.別にいつもウソは書いていないけれど,今回に関してはタテマエ的な部分をとことん排除する.選書すると決めたらほめる,なんてつまらない原稿にはしないぞ! これまで無数の医学書を読んできて,ツイッターでも医書マニアと(自)称される私ではあるが,さすがに病理医と麻酔科は接点ないわ……と思って,麻酔科領域の書籍はついぞ読んで来なかった.精神科の本もスポーツ整形の本も美容整形の本も買い求めてきた私が,麻酔科だけは変わらず,ノーマークのままであった.
私にとっての麻酔科は,「日常でまずめったに訪れない,医療界で一番遠い場所」である.北海道民にとっての四国とか山陰みたいなイメージ.札幌からの物理的な距離で言えば沖縄が一番遠いのだけれど,札幌と那覇の間には直行便がある(※季節限定)のに対し,四国と山陰へは飛行機を乗り継がないとたどり着けない.リアルにめんどくさい遠さだ.麻酔科はこれに似ており,外科などに「中継」してもらわない限り,病理医である私はまずたどり着くことがない,心の距離の遠い科であった.
しかし,だからと言って麻酔科の書籍すら読まないというのは,今にして思うと「機会損失」であった.最近ようやく,「医師を続けるなら,麻酔科の本を読まないのはもったいないのでは?」と気づいた.そのきっかけとなったのは,ほかでもない,あなたが今お読みになっているこの「勝手に索引!」であったのだ.
本連載の第4回で,私は『研修医のための外科の診かた、動きかた』1)という本を取り上げた.この中で,私は該当書籍を評して以下のように述べた.
「手技的な科」の最たる所であろうと思い込んでいた外科の本に,病棟管理のノウハウがあれこれ書かれていることに,1年前の私は少なからぬ衝撃を受けた.「患者の状態を維持する仕事」に多くの医師・医療者がけっこうな労力を割き,頭を悩ましていることを知り,興味をもつようになった.
維持管理の本って,これまで全然読んでこなかったけど,もしかして,おもしろいんじゃないか?
『外科の診かた』1)も非常にいい本だったが,維持管理といえば麻酔科の本を読むべきだろう.そう気づいて,ひそかに,連載で取り上げる予定がまだ立っていなかった麻酔科の本を探し始めた.
そんな私がようやく出会ったのが,今回紹介する『やさしくわかる!麻酔科研修』だったのである.
少し前置きが長くなったが,今回の「勝手に索引」を見ていただこう.Webでは完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.
タテマエを排除するならば,私にとって,ページをめくりはじめる前の本書の印象は,
「とはいえ,麻酔科の本だからなー」
であった.どこまで自分の役に立つかなあ…….半信半疑のまま,おっかなびっくり読み始めた最初のエピソードが,「MJ」.
ええっ,松本潤!
ちがう,MJとはking of popことマイケル・ジャクソンである.原稿タイトルは「マイケルの死に学ぶ鎮静」.こういう有名人エピソードで耳目を集める記事って,ウェブでよく見るけどあんまりクオリティ高くないよね(タテマエを排除した発言).ややハスに構えて読み始めた私は,次の記載に安堵することになる.
「プロポフォールを投与した後に持ち場を離れるとは何事であろうか」.MJの専属医であった某医師が,不眠であったMJを眠らせるために施行した「鎮静」を「適切にモニタリングしなかったこと」を,著者である讃岐先生はシンプルに責めていた.「あ,プロ」と思った.そして私は本書にある種の「信頼感」のようなものを抱いた.この本なら維持管理の真髄みたいなものを得られそうだなあ.
実際,維持管理に関する描写はどれも鋭く,長すぎない文章でわかりやすく記載してあり頼りになる.前書きに「高校生でも読める」とあり,や,それはきついと思うが,少なくとも医学生以上であれば本書は余裕で通読できる.たいていの医学書が身に纏う,独特のハードルの高さみたいなものを,本書からはほとんど感じない.
ただし,ハードルが低いというのは,理念が弱いことを意味しない.
著者の讃岐先生が研修医のころ,市中病院に出向した際に先輩から言われた言葉だ.「気管挿管ができるだけの医者(麻酔科医)はいらない!」 ひいっ,気管挿管もろくにできない私は土下座してしまうのだけれど,続けてこのように書いてある.
はたと膝を打つ.
専門医のひっさげる「武器」は,それ単体で光り輝くようなわかりやすい勇者の剣であってはならない.それだけでは足りない.剣の周りにあるもの……「周囲」が重要なのだ.これは,私の職業である病理医であってもまったく一緒だと思う.「顕微鏡が見られるということはもちろん大切だが,鏡見の周囲にあることを多く学んで深く掘り下げることが,専門性につながる」.言葉を入れ替えても完全に意味が通る.たぶん全科の指導医が納得してくれるだろう.
周囲が大事なのだ.境界が大事なのだ.辺縁が大事なのだ.
「キワに強い医師」に,私は専門医としての迫力を感じる.
その目で改めて読み返してみると,本書は,確かに「維持管理」をあれこれ書いた本ではあるのだけれど,それ以上に,維持とその周辺を豊富に書いていることが実感される.
実際,索引項目を眺めていても,そこかしこに「周囲」の香りがする.たとえば,「は」の項目をご覧いただきたい.
「肺血栓」「肺塞栓」「バイタル」「フォレスター分類」「フランク・スターリング曲線」…….これらの項目は,私がこれまで「勝手に索引」を作ってきた中で,何度か抽出してきた項目と同じである.何が言いたいかおわかりだろうか? 麻酔科オリジナルの項目ではないということだ.上にあげた中で,他の教科書には出てこない麻酔科独自の項目となると,「バランス麻酔」くらいではないか.
そのことが,かえって,麻酔科という仕事の本質を感じさせる.
麻酔科で学ぶべきは,麻酔という「剣」だけではない.麻酔科以外の領分とオーバーラップする辺縁領域にこそ,多くの価値がある.
これまで,肺塞栓も,フォレスター分類も,フランク・スターリング曲線も,他の教科書ですでに索引抽出してきた.でも,見慣れた項目を,あらためて麻酔科の本を通して読むことで,循環器や画像の本から受け取った表現とはまた少し異なった,視座も切り口も印象も違う文章たちが,脳内に油絵のように塗り重ねられていく.
自分で索引を作りながら教科書を読むと,知識が多角的に重積していくのだな,ということを,最近は確信している.これは,企画をはじめたころには意識していなかったうれしい誤算だ.
最初は遊んでただけだったのに.
* * *
なお,麻酔科独自の項目も,読んでいて普通におもしろい本である.「キセル麻酔」と「キセる麻酔」の違いを,あなたは,ご存じだろうか?